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 加瀬が渡した紙。そう言われて何のことか思い出せなかった。何か彼女から貰っていただろうか。思い出せずにいると、加瀬が自分の胸の前で両手の指を使って四角を作り出す。

「こ、こんなくらいの、電話番号書いた紙です」

 電話番号、と舌の上で反芻して、それから漸く「あっ」と声が出た。

「俺が初めてここに来た日の……!」

 俺の言葉に加瀬が頷く。

 俺が電話を掛けて島田さんに迎えに来てもらって、近江の対応にムカついて帰った日のことだ。そういえばあの時、帰ろうとした俺を追いかけて加瀬が走ってきたんだ。そこで『何かあったら電話してください』と言われたのだ。

 俺はポケットを探る。何個かあるうちの一つに、かさりと感触がした。引き出してみると、しわくちゃになった小さなメモ。そこには少し丸みを帯びた小さな文字で番号が書かれている。あの時はよくも見ずにポケットに突っ込んだのだ。

「そ、それです。たぶん、それを持ってた、から、秋成さんにも視えたんだと思います」

「こんなのも、その、共有する道具になんの?」

「一応、私がつく、作ってるものなので」

 そんなものなのか。紙を眺めたりひっくり返したりしてみたが、ただの普通の紙だった。なんだか信じられないが、昨日見た光景の方がよほど信じられないことだったので納得することにした。

「さ、さすがに遠く離れている状態でわた、私が視たものが見えることはないんですけど、もう要らないようだったら回収しましょうか?」

 こっちで処分しますけど、と加瀬が手のひらを差し出す。それを見てちょっと悩んでから「いや、貰っとくよ」と、俺はまた紙をポケットに突っ込んだ。

「それはそうと、加瀬」

 今まで退屈そうに窓の外に目を向けていた近江が、話の途切れたタイミングで加瀬の方を向いた。俺はその間にコーヒーに口をつける。

「お前、あの部屋から何か持って帰ってきただろ」

 ぎょっとしてコーヒーを溢すところだった。なんだって?

 加瀬は加瀬で、ちょっと困ったように眉を下げて渋々といった形で自分のコートのポケットに手を入れた。

「お、近江さんそういう感覚はする、鋭いんだから……。秋成さん、さ、さっき白崎さんがどういうタイミングでとり、憑りつかれたか分からないって言いましたけど、原因みたいなものはみつ、見つけてて」

 そう言って加瀬はポケットから出したものをテーブルの上に乗せた。

「……石?」

 加瀬が取り出したのは一つの石だった。コーヒーカップほどの大きさはあるが、その辺に転がってるような石だ。ただ、表面がやたらとつるつるしていて河原に落ちている石のような見た目をしている。

 どこかで見たような石だが、俺はそれが白崎の食べていた石に見えて思わずぎゅっと手を握りしめた。

「こ、この石、白崎さんの部屋に落ちてました。もうほぼ消えかかってるん、ですけど、あの女の感じもちょっとしてて。たぶん、白崎さんがどっかから持ってき、きちゃったんじゃないかなって」

 白崎が、石を?

 そんな収集癖のようなものがあったのか? そう思ったが、よく分からなかった。なんにせよ、「持ってきちゃった」で済むようなものではなかったし、実際本人はそれで被害に遭っている。

 こんな石一つで、と思っていると加瀬が怖いことを言う。

「そ、それで、秋成さん。こ、これに触ったりしませんでしたか」

 思わず石を二度見した。

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