呪いのこと
1
ことり。目の前に置かれたカップから香ばしい香りが漂う。本日はキリマンジャロにしていただきました。そう言った島田さんが腰を折って退室する。コーヒーを持ってきたのは島田さんだが、淹れたのは来栖だということを俺は知っている。
そのコーヒーを一口飲んで、俺は「で?」と会話を切り出した。
「結局、白崎に憑いてたその、女? のせいだったってこと?」
「そ、そうなりますね……。その、どういうたい、タイミングで白崎さんが憑りつかれてたかは、すみ、すみません分からないんですけど」
近江さんが消滅させちゃったので。そう続けた加瀬をまじまじと見て、もう一度コーヒーを飲む。
あれから俺達は白崎の家を出て、近江の事務所に転がり帰ってきた。転がり帰ってきたというと負け帰ってきたような言い方だが、加瀬が言うにはちゃんと解決して帰ってきた。夜も遅いからと事務所のソファや床で雑魚寝したせいで俺も加瀬も、たぶん近江も体中がバキバキになっているだろうけど、みんな無事に帰ってきた。
俺は先に気になっていたことを聞くことにした。
「そういえば、加瀬さ。昨日もっとはっきり喋れてなかった?」
そう聞くと、加瀬はぴくんと肩を跳ねさせた。
ところどころ記憶が曖昧なところがあるが、白崎の家にいる間の加瀬はもっとハキハキ喋っていた気がする。それがまた吃った喋り方になっているのが気になっていた。
加瀬は悪戯が見つかった子供のような顔をした。
「ちゃ、チャンネルを合わせている時は、その、き、気が大きくなっ、なっているというか……」
「チャンネル?」
「こいつ普段は霊を見ないように視界を切り替えてるんだよ。意識的に視るように波長合わせると普通に喋るんだ、気にすんな」
そういって加瀬の隣に座る近江がちょっと馬鹿にしたように笑って脚を組み直した。
波長を合わせる。なるほど、それでチャンネルを合わせるか。霊が見えてしまうというのは思ったより大変らしい。霊感もない俺にはあまりピンとこない話だった。
いや、待てよ?
ハッとしてちょっと前のめりになる。
「あのさ、俺も昨日白崎が見えてたんだけど。霊感なんてないはずなんだよ、今までそんなことなかったし。てか、近江さんも幽霊が見えないんだよな?」
昨日というより数時間前のことだが、俺はあの部屋で白崎の姿をはっきりと見た。俺が最後に河川敷であいつを見たときと全く同じ、顔の半分下をぐちゃぐちゃに潰した白崎を。まるでまだそこに生きているみたいにはっきりと見た。
近江だってそうだ。確か全く幽霊が見えない体質だと聞いた。だからあんなに不安になっていたんだ。仙名は近江が加瀬に頼っているというようなことを言っていたが、それも結局なんなのか聞いていなかった。けれど、昨日彼は霊が見えていたような動きをしていた。
近江を見ると、ふっと目線を逸らされたので加瀬を見る。彼女は、うーんと一度唸って口を開いた。
「わ、私がチャンネルを合わせている間は、おう、近江さんにも霊が視えているんです」
「……どういうこと?」
「ええと……。私がこん、コンタクトを取りたいと思って作ったりしたものを相手がもっ、持っていると、私が視えているものを共有するというか……。近江さんにはもうずっと前からわ、私が作ったものを持ってもらってるんですけど」
分かるような分からないような言い方だ。つまりは、加瀬が持たせたものを持っていると、視界を共有して見ることができるということか?
そう自分の中で嚙み砕いていると、加瀬が「それで」と続ける。
「あ、秋成さん、もしかして私がわ、渡した紙、持ってませんか?」
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