3
リビングだろう部屋は、墨を被ったように暗かった。
物の配置などはかろうじて見えるが、カーテンを閉めているにしては暗すぎる。日が完全に沈むにはまだ少し早い。
他人の部屋の中を何か踏んでしまわないように摺り足で進むと、向かって奥の隅で何か黒いものがのそりと動いた。息を呑み、手をぎゅっと握りしめる。
「秋成くん」
暗いが、三年隣で働いてきた人を見間違うことはない。探していた彼は真っ暗な部屋の隅っこに小さな子供みたいに蹲り、壁の方を向いていた。俯いているのか、少し頭が下がっている。その頭が時折小さく上下に揺れている。
「秋成くん、勝手に入ってごめんね。でもさぁ、」
彼はこちらの言葉が聞こえていないのか、定期的に頭が上下しているだけで誰かが部屋に入ってきたことすら気づいた様子はない。私は大きく息を吸い込んで吐き、思い切って彼の隣に座り込みその肩を掴んでこちらに向けた。
「なにしてんの」
「あぇ」
振り向かせた秋成くんは、私が知ってる秋成くんとはちょっと違った。ちょっとというか、だいぶん。
目は少し虚ろになっていて、暗くても分かるほどにやつれている。ヨレヨレのシャツから覗く鎖骨は浮かんでいた。私の知っている、仕事ができて、部長の面倒な振りも嫌なくせにそんな素振りも見せない、誰にでも当たり障りなく生きている秋成くんはどこにもいなかった。病人のようになってしまった彼と目が合う。
「あれぇ、せんな」
「うん、仙名。ねぇ、秋成くん。なにしてるの」
「なに、なにって、なに、えぇ、へへ」
彼が笑う。口角を無理矢理指で持ち上げられているような不自然な笑いだった。
「たべてるんだよ、りんご」
貰ったんだよ。そう言った彼は手に持っていたそれを口に持っていき、歯で齧るような真似をした。ゴリリという固いものが擦れる音に顔を顰め、咄嗟にそれを彼の手から奪う。
「あ」
「ごめん、秋成くん。私にはこれが、石にしか見えない」
彼の手から奪ったそれは、暗闇の中だとしてもどう見ても拳ほどの石だった。何度も齧ったのか、てらてらと唾液が付いている。よく見ると彼の足元には同じような石が何個も転がっていた。
すると私を見ていた彼の顔から、すとんと感情というものが抜け落ちたかのように無表情になった。能面のようなそれが僅かに口を開けて、私ではないどこか虚ろを見る。
「秋成くん、」
続けようとした私の言葉を遮るように、急に部屋の闇が増した。同時に背中を悪寒が駆け抜ける。
みしっ
何か重いものが床を踏んだような音が背後で鳴る。続けて、みしっ……みしっ……と等間隔で音がする。
何かいる。歩いている。
こくり、と喉が鳴った。手は秋成くんの肩と石を掴んだまま動けない。その彼は能面のような表情のまま、どこか遠いところを見て微動だにしない。ぶわっと汗が出た。
こういうこと、は慣れていないわけでも、慣れているわけでもなかった。どちらかといえば慣れているという方かもしれないが、それは親戚のせいであり私に何か出来ることがあるわけでもない。背中はずっと何かの気配を訴えている。みしっという音が先程より距離を詰めてきて、私は咄嗟に叫んだ。
「来るな!」
石喰み えんがわなすび @engawanasubi
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