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「うわー、立派なマンションじゃん」

 無理矢理定時で退社し着いて早々、私の口からは間の抜けた言葉が飛び出した。

 見上げたマンションは白を基調とした流行りの外装をしており、外周に沿って観葉植物が植えられているところもポイントとして高い。加えてそれほど駅から離れていない。これは家賃高そうだ。

「お洒落なところ住んでるなぁ、さすが秋成くん」

 さすが、というところは個人的な印象のせいではあるが、なんとなく彼はいいところに住んでそうな人種だと思っていたからだ。軽くスロープになっている玄関のアーチをくぐりながらそんなことを考える。


 あれから仲のいい総務の子に「あんなことがあったしさぁ、お見舞いに行きたいのよ」と半ば無理矢理に秋成くんの住所を聞き出した。見返りは週末駅前に出来たちょっとお高いスイーツビュッフェで手を打った。

 聞いていた情報通りに四階までエレベーターに乗り、目的の部屋に辿り着く。防犯のためか部屋番号などは載っていなかったが、これも総務情報だ。ためらわずにインターフォンを押した。

 中からくぐもったピンポーンという間延びした音がしたが、何かが動くような気配はなかった。セキュリティ上、あまり生活感を感じさせない作りをしているのかもしれないが。もう一度インターフォンを押すのを躊躇い、ノックすることにして扉に手を近づける。すると、

「いっ!」

 バチッ! という静電気に似た痛みが手に伝わって引っ込める。利き手だった右手が若干痺れるような感覚に、何度か開いたり閉じたりしながら顔を顰めた。

「まじかあ……」

 これだから自分の勘は時々嫌になるんだよな。そう思いながら、今度は一気にドアノブに手をかける。今度は静電気に似た痛みは起こらず、さらにそれは抵抗なくするりと開いて訪問者を迎え入れた。

「秋成くん、いる? 入るよ?」

 覗いた室内は真っ暗だった。カーテンを閉めているのか、もうすぐ完全に日が沈むしては随分と暗い。それに、どこか埃臭かった。ずっと閉め切っていた空間の空気を入れ替えたときのような臭いがした。

 そっと三和土に足を着ける。男物の革靴とスポーツシューズを踏まないように気を付けながら扉を閉めた。途端、余計に暗さが増した。

 秋成くんとは、彼が就職した年に私が途中入社したので実質同期みたいなものだ。年齢は彼の方が一つ上だと記憶しているが。これで普通に彼が寝込んでて、本当に体調悪くて休んでいるなら、私は立派な不法侵入だ。けれどさっきの手の痺れが、違うんだろうなと頭の片隅に呼びかけてくる。

 私はもう一度、奥の暗闇に向かってその場で呼びかけた。

「秋成くん。私、仙名。仙名 千尋ちひろ。君の隣の席の。ね、入ってもいい?」

 奥からは何も返事がない。しんとした空気が、ぴりと肌を刺す。

 ふーっと息を吐いた。

「入るからね」

 もう一度ダメ押しのように言い、足を踏み出した。

 比較的新しいはずの廊下が、ギシッと嫌そうに抗議した。

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