二十歳のヒメキアお酒メモ🍾🐤💕

福来一葉

※最後にお酒メモがあります

 ユヘクス大陸の北部には燎原地域と呼ばれる領域がある。草木や大地が永遠に燃え続けている地域である。理由は知らん。大昔に燃糞牛ボナコンが大量に駆け回った結果だとも言われているし、もっとヤバい「うんこドラゴン」なる怪物が、メタンガスの息吹ブレスを吐き散らかしたせいだとも言われている。


 この燎原地域を超えると、北限地域と呼ばれる場所に到達する。その名の通り大陸の北の果てで、ここはもうシンプルに寒い。魔族であっても活動できる種族は少ない、自然が生んだ死の領域である。


 そこに生きる巨人の一族の長であるザイードは、巨人族の中でも巨漢とされる身長約二十メートルを誇る、筋骨隆々の大男である。

 今日は彼らと協力関係を結びたいという南弱(これはここの巨人たちが燎原地域以南に住むチビ魔族どもに対して使う蔑称である)どもの傭兵団を迎える予定だった。


 名を〈まこがねのベナンダンテ〉。1559年11月にプレヘレデの〈聖都〉ゾーラで起きた、教皇庁と使徒座の崩壊に至る大乱の首謀者であり、俗に〈災禍〉と称される大悪を誅した英雄を団長に戴く……とかなんとからしい。

 南弱どもの小競り合いがどうだったかなど、ザイードを含めた一族の皆が興味ゼロである。この世界の全員が前提として知っていることだが、魔族はその大きさと強さにおいて「巨人」と「それ以外」で大別されている。


 南弱の中で最強だとしてそれは別に構わないのだが、それは雪と氷のないポカポカ生ぬるいところで自慢しておいてほしい。

 もっともさすがに、連中もわきまえてはいるだろう。協力関係を結びたいといっても、もちろんそれはその〈金のどうたらこうたら〉が、巨人たちにへりくだり従属したいという申し出に他ならない。


 もしその認識がまだないのなら、教えてやったらいいだけだ。なに、もてなしの酒も料理もたんと用意してある、時間もある。

 どの段階で挫けるか楽しみだ、とザイードがほくそ笑んだところで、兵士が客の到着を告げた。


「お招きしろ。丁重にな」


 やがて四人の魔族が姿を見せた。どう見ても二十歳前後のガキどもだ。こいつらが傭兵団のトップたちだと? ごっこ遊びの間違いなんじゃないのか?


「おー、さみー。よくこんなとこに住んでんなアンタたち」


 くすんだ金髪を無造作に伸ばし、後頭部で緩く束ねた若い男が、両肩に積もっていた雪を払い落としながらボヤいている。

 身長は目測で百六十センチ程度、体重は……まあ百キロはあるだろう、チビにしてはそこそこ鍛えた体ではある。


 なぜか上半身裸だ。体温調節機能が狂った結果の、いわゆる矛盾脱衣だろうか。それとも単純に筋肉を見せびらかすという示威だろうか。

 確かに立派な体をしてはいる。が、あくまで南弱の中では、「巨人以外」にしてはの話だ。


「巨人の皆さん、体がすごく強いです! あたし来る途中で凍りそうになりました!」


 隣でフワッフワの上着を纏い、モッコモコの帽子を被った若い女……というか、若すぎる。どう見ても少女だが、これでも二十歳らしい。

 赤紫色の髪に翡翠色の眼。いかにも魔族でございといった趣の突飛なカラーリングではあるものの、今までこの世界で生きて来られたのが不思議なくらいの、なんというか……ひよこのごとき弱々オーラが隠せていない。


 後ろに従う二人……一様に真っ黒な髪を長く伸ばした、恐ろしいほど美しい女と、右眼に眼帯を着けた美形の男は、暖を取るためか青い炎を纏っているが、それでも寒すぎて喋れないようで、ガタガタと歯を鳴らしている。


 ひとまず歓迎の意を示すべく、ザイードは立ち上がり名乗った。


「族長のザイード・スノレッダだ。ややこしい話は後にして、まずは宴席を設けたい」


 対して四人も簡単な自己紹介を返してくる。


「お招きいただき感謝する。傭兵団〈金のベナンダンテ〉団長デュロン・ハザークだ」

「妻のヒメキアです! お招きいただいてありがとうございます! よろしくお願いします!」

「〈金のベナンダンテ〉一番隊隊長ソネシエ・リャルリャドネ。よろしくお願い申し上げる」

「同じく四番隊隊長イリャヒ・リャルリャドネです。こちら、よろしければお納めいただきたく存じます。どうかよしなに……」


 眼帯の男……イリャヒが恭しく差し出したのは、柔らかい布に包まれた、見事な金塊であった。


「ほう?」


 巨人も小鉱精ドワーフほどではないが、鑑定眼には自負がある。

 団の名に冠しているだけはあり、生半な質の物を持って来る恥は晒さないようだ。


「本当ならこういう場合は、酒か食べ物をお持ちいたしたいところですが……我々に運べる量では、巨人族の皆様には軽いおやつにもなりますまいと思いまして」

「違いない。まあそう気を使うでない、我らは対等なのだ。我らの供する馳走が、その金塊に見合う値打ちがあればよいのだが」

「フフ。そういう趣旨でしたら、もっと大きいものをお持ちいたしましたのに」


 ザイードがイリャヒと歓談している間、デュロン・ハザークも快活な笑みを浮かべてはいるが、灰色の眼は油断なくザイードを観察しているのがわかる。

 無防備にニコニコしているヒメキアと無表情なソネシエ、二人の女はそれぞれ別々の意味で感情が読みにくくなにを考えているのかわからない。まあいい。


 ひとまずザイードらとデュロンらは雪降る真っ白い空の下、食卓を共にする。

 自分たちの軽く十倍はある巨人族、それも筋骨隆々の戦士たち(もちろん鎧や武器などは着けていないが)に囲まれていても、四人はまるで臆するところがない。このあたりは及第点といったところか。


「我らの未来に」

「未来に」


 ザイードの乾杯に応じたデュロン・ハザークが、波波と注がれた樽ジョッキを空にする。

 互いの考えている未来が一致しているかはわからない。それでも酒は一定の融和点を生み出すものだ。


「……うめーな」


 自然に漏れ出た本音らしき、傭兵団長の感想に、ザイードの側近が応じる。


「お気に召しましたかな、団長殿? それは北限神話の伝説にあります、いわゆる『詩の蜜酒』というやつでしてな。飲めば誰でも詩人や学者になれると謂れる代物でございまして」

「ほー、そいつはいいや。俺の乏しい教養を、少しは補ってくれるかもしれねー」


 調子のいいことを言って、ガバガバ飲み干すバカ。チビで弱い上に頭も悪いというのは、なんとも救いようがない。

 夫の様子を見て安心したのか、妻も小さい樽ジョッキを抱えて、細い喉を鳴らす。


「ほんとだ! おいしいです! あまーい!」


 すぐに顔が赤くなり、声が上擦っているので、どうやら彼女は下戸らしい。かわいらしいことだ。なんならこいつら全員酔い潰した後、彼女だけは……。

 というザイードの邪悪な思考は、黒髪の隊長二人が、すぐさま同時に酒を置いたことに注意を引かれた。


「申し訳ない、ザイード殿。我々はあまり酒が強くない」

「せっかく美味しいので口惜しくはあるのですけどね。私たち二人の代わりに、団長夫妻には倍以上飲んでいただきますので、どうかそれでご容赦を」

「構わん、そんなことを気にしてくれるなよ。我らと貴様らの仲ではないか」


 答えつつ、ザイードはあまりの呆気なさに拍子抜けしていた。

 吸血鬼のフィジカルがクソ雑魚なのはもはや仕方がないと言えよう。だが頭までポンコツであるなら、いったいなんのためについてきたのか。


 ちなみに詩の蜜酒どうこうはまるきり嘘だ。彼らに出したのは、ただの蜂蜜酒。アルコール度数は70%程度、高くはあるがそれほどめちゃくちゃというわけでない。

 ただしこの一族に伝わる秘伝の蜂蜜酒、異様に飲みやすいのが特徴でもある。同じ巨人族の連中ですら、ザイードの酒席に一時間も本気で付き合えば、その夜は悪心で眠れなくなる。


 喧嘩と酒の強さは比例するというのは、どこの種族が言い出した迷信だったか。

 妻はともかく夫の方はどこまで耐えられるか見物だと、ザイードは新たな一献を傾ける。


「さあ遠慮せず、どんどん飲んでくれよ」




 三時間が経過した。デュロン・ハザークは、酔っているようではあるのだが、顔色がまるで変わらない。いわゆる盗人上戸なのだろう、どことなく眼が据わっており、饒舌で早口になっている。


「……つーわけでよ、結論から言うと〈災禍団〉は健在だ。こんな峻厳な場所にいるアンタたちだって、完全に余所事よそごとってわけでもないんだぜ。そのあたりも含めて協調ってことにしたいね」

「う、うむ……やはり、貴様が倒したという〈災禍〉と、あの連中は無関係なのだな」

「そういうことになるな。団長が巨漢って情報しかねー、正直本物より偽物の方がよほど手こずらせやがるって感触だぜ。少なくとも捕捉のしにくさに関してはな。隠密性って意味では、〈劇団〉あったろ。あれは団長の性質を考えてもらったらわかるが、後継が次々現れ独り歩きしていて……」


 が、どうやら酔うとむしろ冷静になっていくタイプのようで、喋る内容からまったく理性が抜け落ちない。失言もない。どんどん明晰さを増している感じさえある。


「失礼、一つ仕舞い込んである上等なつまみを出すのを忘れていた。少し外すぞ」

「ああ、悪いな、期待するぜ」


 一団から少し距離を取ったザイードは、察してついてきた側近の一人に尋ねる。


「どうだ? 奴は吐いたか?」


 なにか有用な情報を、という意味ではない。シンプルに酒に悪酔いして嘔吐したか、という質問である。


「いいえ、それがまったく。先ほどから何度か長々と中座しておりましたが、ただ小便がべらぼうに長いだけで……それもあれだけ飲めばという量でして」

「だろうな……ということは、ちゃんと飲んでいる。なんらかのトリックを使って、飲むフリなどしているわけではないと」

「そういうことになりますな」

「ウム……続けてみるか。そのうち限界を迎えるかもしれん」


 席に戻るなり、ザイードは新たな一杯を飲み干す。中身は相手に出しているのとまったく同じ酒である。

 デュロン・ハザークはヘラヘラ笑っている。若造が、別にこんな回りくどい真似をせずとも今すぐ叩き潰してやってもいいのだぞ。


「おっ、イケるクチだね、ザイード殿」

「まあな……それよりハザーク殿、俺や貴様はともかく、細君は大丈夫かな?」

「あたし? 大丈夫です!」


 そう、それよりおかしいのがこのひよこ女のヒメキアなのだ。どう考えても体格と筋力あたりの代謝能力に吊り合っていない。ニコニコと笑いながら無限に蜂蜜酒を飲み込んでいく。

 しかもこいつに至っては花摘みにすらいかない。我慢している感じでもない。生体として構造的におかしい。


 デュロンもそれは思ったようで、ヒメキアに尋ねている。


「そういやお前、お花摘みにも行ってねーが、大丈夫か?」

「大丈夫! あたし、お水いっぱい飲むとトイレ行きたくなるけど、お酒だと大丈夫なんだー」

「あーそっか、じゃいいのか」


 意味がわからない、なぜそれで納得しているのか。かと言って彼女の方もトリックを使って飲んだフリをしている感じでもない、ちゃんと飲んでいるという証拠らしきものはある。

 ふわふわ帽子を脱いだ彼女の頭から、酒を飲むごとに、なにかキラキラものが出ていっているのが見える。ダイヤモンドダストなどではない。おそらく……酒気そのものだ。


 どういうメカニズムになっているのかわからないが、どうやら体に悪い余分な成分が自然と体から抜けていっているようなのだ。

 噂には聞いていた。彼女はこの世界の特異点とも呼ばれる、一切の毒物や呪詛を受け付けない、その血に無限の魔力を秘めた……。


「……そう、不死鳥の力を持つ女だ」


 デュロン・ハザークが静かに発した一言で、ザイード含めた宴席の巨人族たちは一斉に黙りこくった。

 なんら脅しを口にしたわけでもない。心外そうに眉を顰めた傭兵団長は、また一つ空になった樽ジョッキを静かに食卓へ置く。


「驚かせちまったか? わりーな。こう見えて、俺は昔から筋金入りのビビりでね。俺ら人狼は程度の差こそあれみんながそうだが、体臭から相手の感情を読み取るのが、俺はひときわ敏感なんだよ。こいつが極まっちまうとよ、相手がなにを考えてるかまで大体割り出せちまうっていう、読心に近い領域まで昇華できる」


 ザイードは反射的にデュロンでなくヒメキアを見た。いつの間にか隊長二人が彼女の両脇を固めている。

 デュロンに視線を戻すと、もはや疑いようもなく戦闘態勢に入りつつあった。


「『チビ』はいいよ。ガキの頃から何度となく言われた、純然たる事実だ」


 人狼の靴が獣化変貌による内圧で弾ける。

 同時に奴の全身が金毛で覆われ膨れ上がっていく。


「『弱い』も結構。俺自身の理想にすら、まだ程遠い。最強なんざ夢のまた夢だ」


 北の大地を踏み締めた奴の足は異常な熱量を発しており、一瞬で雪を溶かし蒸発させる。

 極めた肉体活性は外界にも影響を及ぼす。拡張活性で土の精気を吸い上げているというのはもちろんわかる。


「『頭が悪い』? 俺が? そんなことみんな知ってる。みんな知ってることを言われたからって怒るわけがねーだろ」


 だが、ザイードは席に座ったまま動けない。油断し切っていたというのもある。

 一方でこの北限地域にも伝わってきていた、デュロン・ハザークに関する噂の数々を次々に想起する。


 いわく、奴は教皇庁での戦いで天使だか死神だかを殺した、〈神殺しの大神〉だと。

 いわく、天を突く巨体に大顎を持ち、眼や口から火を吹き鎖を引き千切る〈神喰いの巨狼フェンリル〉に奴はと。


 蜂蜜酒という栄養を大量に与えたのも思えば非常にまずかった。

 極大の拡張活性で周囲に生えているなけなしの植物を枯らしきった奴は、椅子に根が生えたように立てないザイードの肩に、馴れ馴れしく腕を回してくる。


 奴がザイードと同程度の、身長二十メートルクラスの巨体と化したというのもある。

 しかしそれ以上にザイードは、デュロン・ハザークのことがただただ怖くて、二日酔いの朝のように冷や汗を流して震えるしかない。


「だがよー、俺にも許せねーラインってのは、あるんだなこれが。で? 誰の嫁に、誰がなにをするって? アンタの口からハッキリ聞きてーんだよな、ザイード殿。あ? コラ」


 答える猶予など与えられない。

 すでにザイードの顔面に、拳骨という礼儀が繰り出されている。




「では改めて、〈まこがねのベナンダンテ〉の、栄光ある未来に乾杯」

「未来に!」

「未来に乾杯する」

「乾杯です」


 結局戦意のある巨人たちは全員団長殿が殴り倒してしまったので、イリャヒとソネシエはヒメキアを守っているしかやることがなかった。

 当然融和路線は決裂、最後に持ち逃げした酒だけを、少し南の地点で傾け、四人はこの大いなる徒労を祝福している次第である。


「ったく、実力も品性もカスだった。十番隊を巨漢隊長が率いる最強の隊にしてーっていう、俺の構想を踏みにじりやがって」

「それはあなたの勝手な希望でしょうに。栄光ある未来と言うならね、まず隊の数をやたらと増やす前に、隊と呼べる員数を揃えてくださいというのを……」

「今それ言うのかよ……せっかくの酒が不味くなるだろうが」

「問題ない。元から不味い」

「そ、そんなことないよソネシエちゃん!」

「甘くはある。しかしアルコールが入っている時点で不味く感じる」

「お前それは吸血鬼としてどうなんだ?」

「屋敷で客に接待する、旧来型の吸血鬼を想定されましてもね」

「同感。時代遅れの価値観」

「好き放題言ってくれやがって……」


 しかし彼らの言うことも一理ある。

 これからの時代は自分たちで作っていくしかない。

 繋いでいた銀の鎖は引き千切った。

 未来はまだ始まったばかりなのだから。


「ヤベー、俺、マジで詩の才能に目覚めたかもしれねー」

「いちおう言っておきますが、デュロン、改行すれば詩になるわけじゃないですからね」

「なんでわかったんだお前……」

「デュロン、あたしと一緒に、ねこ学者になろうね!」

「おー、いつでも教えてくれよ」

「また隙あらば惚気のろけていますね」

「本当。団長、あほ」

「テメーなんだそのシンプルな罵倒は」


 体が暖かいのは、酒の力ばかりでもないのだろう。

 四人はもう一度、確かめるように盃を合わせた。




        〈了〉




 🐥🍸二十歳のヒメキアお酒メモ🥃🐤


 お酒は体がちゃんとできる、二十歳になってから!(十九歳のソネシエが、こっそり飲んでいるのはナイショだ)

 お酒の強さは人それぞれ、みんな自分に合うペースで飲もう! 飲みたくない人、飲めない人には無理やり飲ませないこと!

 最後に、ねこにお酒を与えてはいけません! やった人は死刑です!(ねこ担当大臣の一存)


 それでは皆さん、次のヒメキアお酒メモで!(次があるとは言っていない)

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