第3話 愛しい呪縛

 人間たちの喧騒がわずらわしい。白い外壁に青い屋根の街並みが続く石畳の広い通り。子供たちが走り回り、商人が大声で行き交う客を呼び込む。不思議な、目のちかちかする光景。

 人波に紛れて歩いていると、向こうから来る人影にはっと目を向けた。


 陽に照らされて透ける金の髪、この晴れやかな青空よりずっと澄んだ綺麗な瞳。待ち望んだ姿。

 彼女は最初に出会った時と寸分違わぬ容姿に生まれ変わっていた。記憶通りの生気溢れる微笑みが、白い顔に広がっている。


 抱き締めたかった。何もかも振り払って、駆けつけて、この腕に閉じ込めてしまいたかった。


 できなかったのは、彼女の笑顔が別の男に捧げられていたからだ。


 彼女の隣を並んで歩く青年。親しげな雰囲気を醸し出して、彼女の意識を独占していた。彼女は青年を見上げ、青年は彼女を見下ろし、声を立てて笑い合っていた。


 青年の瞳の奥、今までの彼女が男に対して宿していた熱を見る。

 男の胸にどす黒い靄がくすぶる。


 彼女は自分だけのもの。他の人間に笑いかけるなどあり得ない。ましてや他の男になど。

 あの笑顔は、声は、慕う眼差しは、すべて自分に向けられるべきなのだ。他の男を眼中に入れることは許さない。


 考えるより先に、魔法使いは動いていた。ひっそりと彼女に近づき、物を落としたふりをする。

 予想通り親切な彼女はしゃがんで石畳に伏した布を取り上げた。乱れを直し、男を見上げて差し出してくれる。


 その瞳に彼は顔を近づけた。

 どこまでも蒼い鏡に、艶やかな黒髪と森を思わせる深い翠の双眸が映る。


 娘が凍りついた。頬が徐々に火照り、唇が物言いたげに震える。他人行儀な目顔が潤み、世界は男と2人だけと言わんばかりにうっとりと魅せられる。

 それを満足げに見届けて、男は去った。背中にも彼女の熱い視線を感じる。


 隣に立つ青年が恨めしそうに眉をひそめたのも、非常に愉快だった。

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あなたが時を止めるまで イオリ @7rinsho6

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