第2話 最初で最後の恋

 男が初めて娘と会ったのは、何年も前。生まれ故郷の村を敵国の兵士に焼き払われ、命からがら逃げ延びて男の住まう塔の手前で倒れた娘を、彼が拾った。


 身寄りも行くあてもないと嘆く娘は、塔に留め置いてほしいと彼に乞うた。人間に興味のない男は拒んだが、娘は勝手に居座った。頼んでもいないのに男の身の回りの世話をし、よく話しかけた。最初は無視していたがどうにも我慢ならず、とうとう反応してやったところ、彼女は嬉しそうな声を上げた。


 あの明るい表情、朗らかな気質が、変化のない厭世的な日々に浸り続けてすっかり凍てついた彼の心を、少しずつ溶かしていったのだ。

 いつから愛していたか分からない。気づけば細くも柔らかい肢体を抱き締め、熟んだ唇に口付け、甘く囁くようになった。冷えていた胸が熱を帯びる。離したくない。離せない。視界に彼女を留め置きたい。彼女との愛は彼が知るどんな魔法よりも強力で、解けることがなかった。


 面白いことに、彼女はどこで生まれ変わっても最初と同じ名前を授かった。見た目と生い立ちは新たな生の都度、異なるのに。ある時は売られた奴隷、ある時は見目麗しい姫君、ある時は勇ましい女商人……どんな彼女も魅力に映り、何らかの拍子に男と出会う。そして初めての、男にとっては予定調和の恋を知る。


 最初の娘と同じく、生まれ変わった彼女は短命で、再びまみえるまでの時間が遠く感じた。早く会いたい。自分を見つけてほしい。彼女がいなければ舞台は再開しない。喝采のない2人だけの劇場。独りで立つには寂しすぎる。


 渇望が、男を塔の外へ旅立たせる。


 人とのかかわりを疎み、忘れ去られた森の奥の塔で永い時を過ごしてきた彼にとって、大きな変化だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る