あなたが時を止めるまで

イオリ

第1話 呪いのはじまり

 冷たい肌。ぴくりとも動かぬ指。二度とほころぶことのない唇。男は、生まれて初めて『死』というものを目の当たりにした。


 彼女と出会ってから、男は初めての感情を経験した。力弱き者への呆れ、生きようともがく執着心への驚異きょうい、ともに過ごすことの安らぎ、そして――――愛おしさ。

 彼女がいなければ忘れ去っていた、あるいは知り得なかった想いが、胸の奥で息を吹き返し、狂おしいほど咲き乱れた。それらは手繰り寄せると深い情愛に変貌し、男は彼女を盲目的に慈しんだ。


 大切に囲ってきた命が、潰えようとしている。息を吹きかければ止まってしまいそうなほど、ゆっくりと弱い鼓動。横たわる娘を壊すまいと抱き締めながら、男は現状を打ち破る方法を考えていた。

 どうか、彼女が生き延びるように。どこにも行かぬように。隣でまた微笑んでほしい。あの愛らしい笑顔を、温かな声を、彼と同じ熱を灯した瞳を、もう一度。


 男はこの世に2人といない、魔法を操る人智を超えた存在だった。その彼の力をもってしても、自然の摂理を覆すことは不可能。しかし男は、諦められなかった。

 血の気の失せた唇を見下ろす。その可愛らしい唇で聞き慣れた愛を紡いでほしい。終わりなどいらない。


 …………終わり、そう呟いて、脳裏に閃く一計に口角を歪めた。

 終わりを、なくす。簡単な答えにようやく辿り着いた。


 結末を拒むなら、続きを書けば良い。自分が書いた筋書きで、舞台の中心で踊り続けよう。彼女とともに。


 彼は絶えかけた彼女に呪いをかける。


 彼女は死ぬたび、何度も生きる。他の生を享受して。


 そして必ずどこかで彼と出会い、初めてのように恋に落ちるのだ。彼は何度だって彼女の手を取る。彼女を愛する。彼女の人生がまた潰えても、別の人間として生まれ、彼と再び愛を育むのだ。


 永遠の幸せ。いつまでも幸福のうちに暮らす御伽話の締めくくりを、幾度となく繰り返そう。そうすれば彼女はずっと彼とともにあり続ける。

 男は白い首筋にくっきり刻みつけた、華のような紅い痕を満足げに眺め、いびつに笑んだ。

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