この路地裏にも朝は来る

雛形 絢尊

第1話

1


酔ったよと上司は言う。

正直言うとそこまで飲んではいない。

自分が酒に強いのか、それとも上司が強いのか。

今、繁華街にいる。それも路地。

客引きや酔いつぶれた人間が大いに声を上げている。

なぁもう一軒!と上司は言う。

明日も早い。帰りたいと思いながらも行きましょうと答えた。

これだから最近の若いもんはいいよな。と晴れやかに呟く上司。

夜の店に誘われる、また誘われる。

乗る気の上司と背く自分。

その構図は週に何度も訪れる。

自身、妻もいるし、来年には第一子も。

そんな快楽は要らんのだ。今日も拒否をする。

するとまた上司は嫌な顔をする。

「ちょっと待って、吐きそう」と鞄を振り回しながらどこかへ駆け出す上司。

待ってくださいよと追いかける自分。

この人混みでよくあんなに鞄を振り回すことができるのだろう。

上司が行き着いたのは薄暗い路地裏。

地面のネズミにも気付かないほど真っ暗だ。

店舗の大きなゴミ袋もあり、飢えた動物たちには絶好の場所だ。

千鳥足の上司はその路地の奥の方で嘔吐した。

溜め息をつきながら近くの自動販売機で水を買おうと自動販売機を探す。

少し外れた場所に自動販売機があった。

財布から小銭を出し水を買った。

それを上司に渡し、帰る。それが今日の任務。

路地裏の方向に向かうと、笑みを浮かべた上司がフラフラとこちらへ向かってくる。

「ねえ、すごいよ死体ある」

は?と頭の中で思いつつも正気に戻る。

如何にもありそうな場所といえばそうだ。

それにしても笑みを浮かべながらその発言はどうかと考えているとそこに死体があった。

男性であろうかうつ伏せの状態。血は多少。

我が物顔の上司と驚く自分。

「なぁ、面白いことしようや」

えっ?と眉を顰めていると、

「この死体、俺らが殺したことにしようや」

と意味不明な発言で頭が静止していると、

「俺はこの死体触ったぜ?DNAかなんかやれば俺が殺したことになるで?」

まっさらだった。何を言っているのかこの男は。

「俺は子供も妻もどっか行っちまった。正直この会社もスリルもない。生きた心地もしないんじゃ。やろうぜ警察から逃げるゲーム。どうせ人生おじゃんや」

まだ理解が追いつかないまま、自分は巻き込まないでくださいよとその場を立ち去ろうとした。

案外そのまま帰ることができた。改札を通り、自分は最寄りの駅まで向かい、今日のことも無かったことにしようと。このことは忘れる。それでいい。


家に帰った。自宅は郊外の14階建マンション。

その角部屋に私たちは住んでいる。妻はすでに寝ていた。机には温めて食べてとメモに書かれた紙と茶碗一杯の味噌汁があった。

今日のことなんて本当に忘れてしまおうと思った。

鞄をその時に開いた。

まず真っ先に出てきたのは財布、

いやでも自分のではない。

こんなにも不自然に人の財布が鞄に入ることなんてない。慌てて財布の中身を確認する。大量カードの中に運転免許証があった。『古渕 賢』と名前、若い男の顔が貼られている。その時また思い出した。

あの死体がもし仮に、もし仮にだ。

あの場所にあった死体だとしたら。

そう考えているうちに気が狂った上司のことを思い出した。

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