堂々とエロ本を買えないタイプ

月詠 透音(つくよみとおね)

堂々とエロ本を買えないタイプ

 私は、堂々とエロ本を買えないタイプだ。


 最初の一冊を死ぬ思いで買った小学生のとき、この恥ずかしさは努力で克服できないと本能的に察知した。死ぬまでビクビクしながら顔を赤くしてエロ本を買わないといけないのだと。


 しかし、この呪いのような私の弱点は、なぜか逆に私の人生を豊かにしてくれた。今日はそのお話を貴方に出来たらと思う。




 私は、堂々とエロ本を買えないタイプだ。


 これは社会に出て一年目から会話の持ちネタで使っており『エロ本とか堂々と買えます?』と聞き『いや~、それが自分……恥ずかしくて全然買えないんですよ』と続けると、なぜか間が持つ不思議な話題なのでずっと重宝している。


 それで、ほとんどの相手(男性)は何を格好つけているのか『買えますよ、全然平気です』と答える。『ああ、僕もエロ本とか堂々と買えません。恥ずかしいですよね~』と答えた男は記憶にある限り一人もいない。


 本当かよ!? 


 と、毎度思うが『すごいですね、尊敬しますよマジで』とお世辞をいうと100%相手は気分を良くしてくれる。

 ほとんどの男がお世辞と受け取らず、本気で褒めていると思ってくれる。


 ある程度親しくなれば女性にもこの話題は使えるが、セクハラで訴えられる恐れがあるので最低限▷▢×出来る程度の信頼関係は築いたうえでこの話を振って欲しい。

 ちなみに女性でも『そうね、私もそんな本恥ずかしくて、とても買えないわ』と慎ましやかに答えた人はいない。

 できれば嘘でも、そう言って欲しいのが男の本心だよ。しかし、▷▢×出来る程度の信頼関係が築けていれば女性もある程度の恥じらいをなくしてしまうのだろうと推測している。



 さて、へんな前置きが長くなった。

 だがへんな前置きはまだ続くのだ、貴方の為になる話なのでどうか許してほしい。


 生まれて初めてエロ本を買ったのは小学4年生の時と記憶しているが、買うと決めた前日から動悸が激しくて、よく眠れなかったのを憶えている。

 残念なことにどんな内容のエロ本だったかは記憶にない。実現不可能だと思うがタイムマシンが発明されたら、まずはここを確認しようと思っている。

 ちなみに初体験の相手や内容も記憶にない。勿論、私が未経験者であるという意味でもなく、文字通り記憶にないのだ。聞いてみたところ、意外と私と同じ人も多くて驚く。



 当時実家の半径5キロメートル以内で売られていたエロ本は麻縄で十字にきつく縛ってあって中身の確認が出来ず、そのエロ本が『当たり』であるかは大きく運に左右されていた。

 大人になって分かったことだが、私のギャンブル運は平均値よりやや上らしい。やったギャンブルは競馬だけだが収支は

 ・勝ち324,000円

 ・負け320,000円

 と、このように4000円の勝ち越しである。今後人生のなかで競馬をすることはないと思われるので、私は勝利をおさめたままギャンブラー人生を終わることになるだろう。

 

 話を戻そう。

 エロ本の『当たり』についてはかなりの勝率を誇ったと思う。呼吸を乱し必死の思いで購入したエロ本があからさまな『外れ』だった記憶は一度くらいしかない。

 思えばこの強運がもっと別の方向に発揮されていたら、私の人生は大きく違ったものになっていたと確信している。

 勿体ないと思うが、後悔はしていない。


 知っている人がいるかは分からないがその『当たり』のひとつ『サラダ倶楽部』というエロ漫画は少年時代の私の性癖に強烈に噛み合った。

 この下半身の何かをえぐるような熱い作品に偶然出会えたというだけでも強運といえるのに、このエロ漫画が最近ネットに上がっているのを発見してしまった。まさか数十年越しに『サラダ倶楽部』と再会できるとは思ってもおらず、喜びのあまり会社の複合機で全ページ印刷した。

 家だと家族にみつかるので、当然のリスクマネジメントだ。

 もちろん社長の許可はいただき、少なからずの金額も会社に収めた上での話だと付け加えておく。

 そういうことしていたら仲良しの女子社員さんに見つかってしまったが「月詠さんはそういう人だから仕方ないわ」ということで許してもらった。普段から嘘をつかず飾らないで生きているとこういう所で見逃してもらえるぞ。



 申し訳ない、前置きだけでかなり話が長くなった。本題に入らせてもらう。

 

 私は、堂々とエロ本を買えないタイプだ。


 思春期の嵐が吹きすさぶ中学生時代に突入した時「もうこの問題からは逃れる事が出来ない」と腹をくくり、真剣に向き合う覚悟を決めた。

 ただ、これも残念な話だが、ご存じのようにエロ本はやがてネットや通販でレジを通さずに手に入れられる時代がやって来る。結局、私も時代に翻弄された人間の一人という事だが今回はそこを深く堀りはしない。


 私は堂々とエロ本を買えないタイプだが、幼少期より絵を描くことが得意だった。そこから導き出した答えは『だったら、自分でエロ漫画を書けば良い』であった。

 素晴らしいことを思いついたと、その時は思った。

 自身の思い描くエロ漫画を書けば、無料で、恥ずかしい思いをせずに手にすることが出来る。あのレジを通すときの心臓が破裂せんとする慟哭みたいなものも、『当たり』『外れ』に自身の運を賭ける行為とも、永遠にサヨウナラだ。

 

 計画は上手く進んだ。予想した以上に発案から作品の完成に時間と体力を要すると気づいたが、好きこそものの上手なれというか『欲望』の生み出すエネルギーは凄まじいものがあり、短い期間で腕を上げた。下手なりには納得いくエロ漫画を描けるようになっていたよ。

 これが中学二年の夏の頃の話だ。


 事件はその年の初冬、十二月に起きる。


 私には『香織』という密かに想いを寄せる同級生の子がいた。

 親同士が教会の役員つながりで小さいころから家族ぐるみのお付き合いをしている。そういう何ともいえない関係性が続いていて、どうにかして彼女との仲を進展させたいと日々もどかしい思いを積み上げていたのだった。


 それは冬休みの課題を丸写しせんと『香織』から借りていたその回答一式を、彼女の母親に頼んで返却した日の夜だった。なぜ彼女の母親にその回答の封筒を託したのかは記憶になく、おそらく教会の年末バザーかぜんざい作りの時に会って渡したのだと思う。


 その夜、実家に『香織』から電話が来た。

 母が取り次いで、部屋でエロ漫画次回作の構想を練っている私を呼んだのだが、母が言うにはどうも『香織』の様子がおかしいと。

 とりあえず彼女から電話が来るという出来事に心を躍らせ受話器を握った。


「あっ、あの……私だけど」

「ん、どうした?」

「……あの……」

「なんだよ」


 何だろう、告白か? 私も少々心臓の鼓動が高まる。しかし、冷静に考えてそんなはずはない。そもそも、二人の距離が縮まるような出来事はここ数ヶ月を振り返っても何ひとつないのだから。


「……あの、返してもらった封筒だけど」

「封筒がどうかした?」


「なんか……女の人の……いやらしい漫画が入ってる」


 そのとき人間が雷に打たれたらこうなるのだろう、というような衝撃が走った。そう、なぜかその日返却した冬休みの課題に自信作のエロ漫画が混入していたのだ。勿論、彼女の興味をひく為のハイレベルな恋愛テクニックなどではなく、単なる私のケアレスミスだ。


 その後その原稿をどうしたか? の記憶はない。

 人間はあまりに悲惨な目に会うと、精神の崩壊を避ける為に記憶を封じ込めると聞いたことがある。それは本当の話だぞ。


 こうして私の『堂々とエロ本を買えないならば自分で描く』という天才的なアイデアは、思いもよらぬミスで最悪な結末に至った。 


 『香織』はその後、気を使ってか微妙に私と距離をとってくれた。今後どういう風に彼女と接すればいいのか悩んでいた私は本当に助けられた。



 この自作エロ漫画を好きだった女の子に見られるという最悪の体験は、確かに最悪なのだが、やはり話題としては面白いようで、長い人生の中で私を助けてくれた。

 老人から子供まで男女問わず非常に受けがいい。時間も5分から60分のバージョン構成で話を用意していて、話題に困った時には本当に使える。

 お偉いさんと二人の出張時などに話題がとぎれてシーンとなり、気まずい思いをしたことは一度もないのだ。


 

 それでも結局のところ、私は今も堂々とエロ本を買えないタイプだ。


 コンビニや書店で興味をひかれる表紙のいやらしいエロ本があったとしても、迷わず購入する勇気がない。店員さんが男性でも、お年を召した男性でも、とにかく購入する勇気がない。

 もはや「月詠さんってダークスーツが似合いますね」という渋みがかった年代に突入しようが、その部分は一貫して変わらない。


 ただそれは非常に深刻な問題であるが、申し上げたように私の人生に笑いと彩りを与えてくれた。



 これで『香織』が、なぜか私の生涯の伴侶になったと言えば最高のエッセイになるのだが、それでは自慢たらしくなってしまう。

 そのような理由でオチは貴方の想像にお任せしようと思う。


 また、どこかで会おうな。

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