呪いと共にある人生を

 寮の窓を外から何回かノックをすると、窓が開いてアイリスが顔を覗かせた。


「えっ? エクセルさん何故ここに? それに、ここは一階じゃないですよ!」

「ちょっと忘れ物をね」


 箒を空に滞空させたまま、窓から室内に入る。

 室内は灯りが消されて既に真っ暗だったが、幸いにも全身に浮かんだ虹色に光る紋様が暗い室内を照らしてくれた。


 その光を頼りに運営が出した手紙や退学通知書、使い古しの下着などをまとめて窓の外へ投げ捨てて、手から閃光を放って焼き払う。

 これで証拠隠滅も完璧だ。


「アイリスさん、ごめんなさい。今日はお別れを言いに来ました」

「えっ?」


 突然の話にアイリスは混乱しているようだ。

 無理もない。


「今日、学校にドラゴンが出たのは知っていますよね」

「は、はい……ただ出たと思ったら雷と凄い光が降り注いで、その後に真っ暗になったと思ったらもういなくなっていて、その後に魔女が……」

「ドラゴンを倒した魔女は私です」

「えっ?」

「ただ、そのせいで、邪教の教団の一員で邪神を崇める魔女として処刑されたことになりました。ただ、死人が堂々と町にいてはおかしいので、私はこの町からいなくなります」


 本当のことは流石に話せないが、辻褄を合わせて説明するとそういうことだ。


「でもエクセルさんがドラゴンを倒したって……えっ? でも、その全身に光る紋様は……」

「これは力を使うと浮き出るんですよ。こういうところも邪悪な魔女みたいでしょう」

「そんなことありません……そんなことは」


 そういうアイリスの足は恐怖からか後ろへとじわじわ下がっている。

 身体も小刻みに震えている。

 まあ当然だ。

 この全身に浮かぶ光る紋様と、闇に光る赤い目を見て何も思わないのは流石におかしい。


「服を買いに行く約束もしていましたが、それも行けそうにありません。その件については謝罪させてください。申し訳ありませんでした」

「い、いえ……いいんです」

「なので、もしかしたら明日以降にエクセルという人物についての事情徴収などがあるかもしれませんが、全部知らないで通してください」

「でも、私はエクセルさんに優しくしていただいて……」

「それはあなたを油断させるための罠だったことにしてください」


 学校の謎の究明に時間を使いすぎて、アイリスとあまり話せなかったことだけが残念だ。

 だが、アイリスが学校に通う上での障害は限りなく排除しておいた。

 あとはアイリスの頑張り次第でいくらでも良い人生を送ることは出来るだろう。


「アイリスさん、最後に尋ねますが、学校は楽しいですか?」

「はい。毎日楽しいです。それもエクセルさんが最初に色々と優しくしてくれたおかげです」

「そう良かった。なら、これからも友達をたくさん作って、頑張って勉強して悔いのない人生を送りなさい」

「でもエクセルさんは……」

「いいですね。私のことは忘れなさい。私は悪い魔女です」

「でも」

「だから『でもでも』はやめなさい」


 庶務の男とは仲良くなったようだが、本当にあの男に任せて大丈夫だろうか?

 出来ればもう少し滞在して、学校の授業の世話などもしたかったが、それらをやるための時間はもうない。

 

「あなたがしっかりしないと、安心して旅立てません」

「私がしっかりすれば、エクセルさんは安心できるんですね」


 そう言ったと同時にアイリスの震えが止まった。


「今すぐは無理ですけど、この先ちゃんとしっかりしてみせます! だからエクセルさんも安心してください」

「そう、良かった」


 確かにアイリス自身が言うとおり、今は無理だろう。

 だが、強く心を持ち続けていてくれるならば、それはきっと叶うはずだ。

 

「では、アイリスの今後に期待します。体調を崩すことなく、お元気で」

「はい! エクセルさんもお元気で!」


 良い返事だ。

 これで心置きなくここを立ち去れる。


 箒に乗って夜空へと舞い上がった。


    ◆ ◆ ◆


 その日は遅くまで、かつて学校の裏山だった場所での現地調査が行われていた。


「もう何も見付かりませんよ」

「レッドドラゴンが炎で倒されてしかも燃え尽きるはずがないだろう。骨か鱗かくらい残っているはずだ」

「ないですよ! そもそも岩を溶かしてガラスに変えるようなものは炎ですか?」


 兵士の1人がガラスの塊を拾い上げて放り投げた。


「炎……火じゃないなら何なんだ?」

「退廃した都市を焼いた神が放った硫黄の火」

「バカな話はもういい。今日はもう撤収するぞ。こう暗くなってはもう何も見つかるわけもない」


 デイヴィット……第二王子が手を叩いて兵士達を解散させる。


「お前たちも連勤で疲れただろう。王都の方から別の調査隊を呼んでいるから、お前たちは少し安め」

「しかし」

「命令だ」


 王子がそう言って兵士達を全て帰し、1人クレーターの縁に立った。


「エクセル……お前は一体何なんだ?」

「言ったでしょう、異世界人……通りすがりの魔女だって」


 兵士達が周囲にいなくなったのを確認してから、王子の隣に着陸する。

 全身に浮かんだ紋様から発せられた光が王子とクレーターに反射した。

 

「この魔法は何だ? 人間の扱える力を越えているだろう」

「魔法ではありません。先程の兵士がソドムとゴモラを焼いた硫黄の火とおっしゃっていましたが、性質はそれに近いものです。神を限定的に顕現させることによる力の一部解放」

「……神の力とでも?」

「はい。ただし、この世界の神ではありません。この世界の基準だと邪神にあたると思います。全ての時間と空間を繋ぐ門の神」

「つまり邪神と契約した――」

「――魔女です。具体的には邪神の巫女です」

 

 はっきりと事実を伝えた。


「私は……この国を護る責務を持つ者として、神に敵対する邪悪な魔女であるお前を滅ぼさねばならない」

「どうぞ。邪神の手先である悪の魔女はこの国に邪神教団を作り、様々な陰謀を巡らせていたところ、正義の心を持つ王子に処刑された。良いカバーストーリーです」

「それでお前は満足なのか? 物語の悪役として誰にも評価されないどころか忌み嫌われてこの地を去ることになっても」

「名声や利益のためにやっていたわけではありません。みんなが救われたのならば私はそれで満足です。魔女が……呪いに関わる者がハッピーエンドを迎えられるわけなんてないでしょう」

「所詮は別の世界の話、他人事だからか」


 王子の目を見て頷く。


 この世界の滞在は短期だと割り切り、出来るだけ人には会わないようにしてきた。

 目の前にいる王子とも打算での付き合いだ。


「今日の昼頃まではみんなに惜しまれながら帰ることが出来ると思ったのですが」

「それについては、作戦が二段階だったことに気付かなかった私のミスだ」

「いえ、私のミスですよ。ヒントは見つけていたのに、それを怠ったせいで、こうやって後始末をすることになったわけですから」

「だが、結局何とかしてくれただろう」

「ダメですよ。事件を、この世界の人達だけで解決出来なかった時点で失敗です。なので私に出来ることは全てを精算して消えることだけです」


 王子は震えながら携えていた鞘からサーベルを引き抜いた。


「そして私との友人関係も捨てていくのだな」

「そうなりますね。どこで間違えてしまったのやら」


 空の彼方を見ながら言う。


 せめて裏山をきちんと調べていたら、こんな寂しい別れにはならなかっただろう。


「所詮は短期の付き合い」だと割り切らなければ、他の人達との関係性も違っていただろう。


 だが、そんなことを言ってももう手遅れだ。

 どうせ日が変わる頃にはもう自分はこの世界にいない。


「ドラゴン討伐くらい私達に頼れば良かっただろう。あのくらいの相手など簡単に倒すことが出来た」

「その過程で誰かが犠牲になってもですか? 犠牲が出た時点で私の負けです」

「自分が犠牲になってるだろうが!」


 王子がサーベルを突きつけてきたが、その手は震えており、何の力も入っていなかった。

 サーベルの刀身を掴んで奪い取り、刃で手のひらに薄く傷を付ける。


 初日に拾ってずっと着ていたケープを脱ぎ捨て、その上へ手のひらから流れ出た血を垂らした後にサーベルを突き刺した。


 前に「お前は自爆型の人間だ」と言われたのを思い出したが、実際その通りだ。

 あれから3ヶ月も経つというのにまるで成長できていない。


 だが、今回はそれでいい。

 どうせ、この世界で残された時間がない自分にはこれ以上は何も出来ないのだ。

 ならば、せめて、悪い魔女である自分が倒されることで、この憎めない王子の手助けになろう。

 

「王子は激しい死闘の末にエクセル・ワード・パワーポイントを名乗る悪の魔女を倒しました。これはその証拠として持ち帰ってください」

「私は誰も倒してなどいない」

「それだとこの話は完了しません。殿下が悪い魔女を倒すことで、ようやくこのストーリーは完結です」

「無能な私にそんなことなど出来ない」

「将来王様になる人が自分を無能などと卑下しないでください。みんなが不安になります」


 王子は座り込んで顔を両手で塞いだ。

 泣いているのだろうか。


「私は王になどなりたくはなかった……どこかの貴族の養子に入って気楽に生きるつもりだった」

「まあ私と同じで貧乏くじですね。誰かが引かないと話は終わりませんが、それならば自分が引いてしまえば周りには迷惑はかからないだろうと」

「何が楽しいんだその生き方は?」

「少なくとも身内や知り合いが苦労をするのを見なくて済みます。殿下もたとえ自分が犠牲なっても守りたい人がいるのでしょう」

「つまり、弟が……皆が辛い目に遭わないように私が王になれと」

「はい。それは最初から申し上げていることです。色々と問題は山積みで苦労の連発でしょうが、それでも支えてくれる人はいると思います。もし足りない場合は学生時代の間にそういう人を1人でも増やしてください」


 王子の手を掴んで無理矢理立たせると、そのまま抱きつかれた。


 慌てることなく王子の両腕の小指を掴んで逆方向に曲げると力が緩んだので、そのまま肘を捻って引き離し、王子自身の力を利用して背負い投げで投げ飛ばす。


 王子の体は綺麗に放物線を描いて少し離れたところに落ちた。


「自分でやっておいて何ですが、大丈夫ですか?」

「お前は決して支えてはくれないのだな」

「はい。残念ながら。私は悪い魔女ですから」

「私はお前に残っていて欲しかった。友人としてずっと支えていてほしかった」


 もし同じ世界の住人なら違う選択も有ったのかもしれない。

 だが無理だ。

 あらゆる意味で住む世界が違い過ぎる。

 

「なので、せめてあなたの実績になって支えましょう。正義の王子に倒された悪い魔女というトロフィーとして」

「そして、私を一生足元からトロフィーとして支えてくれるというわけか」

「はい。実績でも自信の上でもあなたを支えます。一生どころか、死後も功績としてついて廻る悪質な魔女の呪いです。返品は不可です」


 そう言うと王子がこの日、初めて笑った。


「もし、私とお前が同じ世界の住人なら、私の下に残ってくれたか?」

「いえ。今回と同じことをやって、そのまま誰にも迷惑を掛けないように1人で旅立ったと思います」

「ああ、分かってる。お前はそういうやつだ。最初に会った時からそうだった。いつも見える場所に居るのに決して触れられる場所には居ない」

「残念ながらそういうやつです」


 王子と握手をした。

 最後はこのまま笑顔で別れたい。


「やはりお前は邪神のしもべの魔女だよ。私に一生苦労するし辛い目を見ろというとんでもない呪いを掛けてくれた」

「残念ながらそういうことになりますね。これからずっと魔女の呪いで苦しんでください」

「ああ。これから未来に苦しいこと、辛いことがあればお前の憎たらしい顔を思い出して恨んでやるよ。よくもやりやがったなと呪い返してやる」

「私も忘れませんよ、これほど強く呪い呪われた相手のことは」

 

 友人が功績を踏み台にして、これからの未来に繋げるのだから、こんなに嬉しいことはない。

 悲しみなど1つもない。

 だから胸を張って旅立ちたい。


「では『陛下』、良いですね。あなたは激しい戦闘の末に魔女を殺害しました」

「ああ。邪悪な魔女エクセルは処刑した。魔女は死んで塵になった。もうこの世のどこにもいない」


 王子がボロボロのケープが突き刺さったサーベルを引き抜き、天にかざしたのを見て、安心して箒に乗って空へと舞い上がった。


「もう二度とこの国には来るなよ、通りすがりの魔女よ。皆がお前の死を望んでいる」

「はい。私は死んだので、もう来ることはありません。それではデーブ、これからも呪いと共にある人生を」

「ああ、タスクも良い人生を」


 月の光を受けながら、勢い良く飛び続けると、魔法学校が有った町は段々と小さくなり、そのうちに何も見えなくなった。


 これで5日間の魔法学校生活もおしまいだ。


 一通りの事件は解決できたし、学校の中で進行していた陰謀も無茶苦茶にすることが出来た。

 もう心残りはない。


 隣国や公爵は健在だし、まだ学長や教授が逮捕されるまでには時間がかかるだろう。

 まだこれからも何かの事件は起きるかもしれないが、それは自分が解決するべきことではない。

 この世界の人々が解決すべき問題だ。


 だが、ここで知り合ったみんなが協力すれば、きっと解決していけるだろう。

 

   ◆ ◆ ◆

 

 ふと気付くと日本にある自分の部屋に戻っていた。


 ベッド脇に置いてある目覚まし時計を見ると、あの魔法学校の寮へ送られたのと同じ日の深夜だった。


 全て夢だったのかと思いたいところだが、例の魔法学校の制服を着たままなことが夢ではないことを主張している。


「結局、あの世界は何だったんだ? ゲーム世界か何かか?」


 机の上に置いてあるPCの電源を入れてブラウザの検索画面に魔法学校というワードと出会った人達の名前を入れて検索してみるが、それらしいゲームもマンガもアニメも一切出てこない。


 割とテンプレート通りの乙女ゲームに近い世界観だったので、似たような雰囲気を持つ作品は山程出てくるが、どれも彼等ではない。

 

 まあ、別にどうでもいいだろう。

 あそこがゲーム世界だろうが、異世界だろうが、あそこで生きていた彼等は本物だった。

 それで十分だろう。


 翌朝も早いのでPCの電源を切って寝ようとするが、寝間着が異世界の魔法学校の制服にすり替わっていることに気がついた。


「クソ、運営からの最後の嫌がらせかよ」


 仕方ないのでTシャツと短パンを引っ張り出して寝間着代わりに着ることにした。

 余っていたハンガーに制服をかけようとすると、上着のポケットから四つ折りにした紙が出てきた。


「なんだこれ? いつ入り込んだんだ?」


 何かの書類の裏側に血で書いたもののようだった。

 紙も筆記用具も他になかったので、その場で即興で用意したものだろう。

 

 こんなものを用意して、ポケットに入れられたのはデーブくらいか。

 おそらくあの抱きつかれた時だろう。

 

 中を見ると単語が1つだけ書いてあった。


「Friend」


 机の中を探すと未使用の写真立てが1つ出てきたので、その中へ殿下からの手紙を入れて机の上にある他の写真を一緒に並べて置いた。


「それじゃあおやすみ。異世界の友人」

 

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異世界魔法学校4泊5日の旅 れいてんし @latency551

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