§13


「さて、そろそろいい時間だし、帰ろうか」


「えー、アンj……。いや、ボスの力があればもっと奥まで進めるじゃん」


「ボス?」


「そう、俺はそう呼ぶべきだと判断したからそうしただけだよ。ボスだって勝手に俺をわけだし、構わないでしょ?」


「それもそうだね。ボス、か……。不思議な響きだ。まるで舞台の悪役になったような気分だよ」

  

「気にさわった?」


「まさか、ただ驚いただけさ。話が脱線してしまったから元に戻すよ。なぜここで引き返すのかというと、ここから先はモンスターの能力、出現頻度が一気に上昇するからさ。だから、この先はローズがCランクになってからのお楽しみにしておこう」 

 


 そう言ってボスは人差し指を伸ばして口元に添えた。彼女の一挙手一投足はいちいち絵になるな。エルフという種族はみなこうなのだろうか? 


「……分かったよ」



 少し消化不良ではあったものの、人生初のダンジョンは俺の期待を裏切らないものだった。わざわざあれだけのリスクを背負った甲斐かいが、確かにあった。これでしばらくの間は退屈しないですみそうだ。それと━━━



 イリーナから注がれる、明確な敵意のこもった視線。



 おそらく俺がボスに及ぼす影響を危惧してのことだろう。もしくはボスと呼んだことが彼女の怒りを買ったのだろうか。そして、イリーナのこの態度に対してボスは我関せずといった具合で何も言わない。魔術に傾倒し続けたせいで他人の感情に鈍くなってしまったのか、はたまたこうなることを承知の上で、何らかの意図のもと俺を引き取ったのか。何にせよ、まだ安心するには早い。


 確かに俺は、安定を求めていた。人々の目を盗み、物を盗み、時には他者の命すら盗んで生きながらえ、そんな殺伐とした日々にうんざりしていた。そしてようやく手に入れた安定への片道切符みぶんしょう。きっと俺はこれから想像もつかないような娯楽、享楽、快楽に遭遇するだろう。しかし、決してそれらに依存してはならない。


 俺は、異物なのだから。



 §14


 ダンジョンを後にしたローズは我が家となった豪邸に戻る。彫像、絵画、シャンデリアなど。絵に描いたような貴族の部屋にぬぐえぬ違和感を覚えつつ、アンジェリーナの言葉に耳を傾けた。


「さて、最低限済ませるべき手続きも終えたところで、みんなで顔を合わせようか。私達と入れ違いでベリィも帰って来たみたいだから、これで全員が一堂に会することができる」


「全員か……、それはさぞ豪勢なパーティになるんだろうな」


「とは言っても、ローズを含めてここに6人集まるだけなんだけどね」


「6人…… え? こんなに広い家を今まで5人で管理してたの?」


「そうだね。単純な作業は全て私のゴーレムに一任しているし、ここ以外の建物はほとんど魔術の研究室か、そのための倉庫だからね。見た目ほど中身は派手ではないよ。スチュワード、2人をここに連れてきてくれるかい?」


かしこまりました」



 執事のスチュワードがリビングを後にするとしばらくの間、そこは静寂に包まれていた。アンジェリーナはスチュワードの注いだ紅茶を堪能し、イリーナは何かを諦めたかのように机の上に突っ伏している。そして、ローズは何が起こっても対処できるよう細心の注意を払いつつ、意を決して口を開いた。


「……ボス」


「なんだい?」


「その2人は、どんな人たちなんだ?」


「そう慌てなくとも、会えばわかるさ」



 その直後、リビングのドアがノックされる。


「噂をすれば、だね」


「あ、ああ」


「アンジェリーナ様、お2人を連れてきました」


「……え?」


 開かれた扉から現れた2人の内1人の少女の思いもよらない姿に、ローズは驚きを隠せなかった。


 

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