ラストピース


「なんか、この光景見るのって久しぶりな気がする……」


 目を覚ました僕が最初に見たのは、やっぱり彼の姿だった。


「……起きるの遅ぇよ。マジで、死んだかと思ったじゃねぇか」


 彼の目元は赤かった。


 泣き腫らしたのだろう、と勝手に予想するが、それは過去の経験からくるものだった。


 あの時も、彼は滅多に流さない涙を流していた。


「おかしいよね。死ぬつもりだったのに、僕は今、人を生かすための場所にいる」


 僕が笑顔でそんな事を言うと、彼は泣きそうな顔になった。


 きっと、彼はこんな風に泣いていたのだろう。


「……なぁ、やっぱり、俺と一緒に死のうぜ、リュウ。もう、嫌だ、俺は。お前が死ぬかもしれないって思って泣くのは」


「なんか、矛盾してるよ、それ」


 僕がクスクス笑うと、唐突に彼はキスしてきた。


 どうしてか分からないけど、彼はキスが上手かった。


 ねぇ、キミ、誰とも付き合った事ないって、言ってなかったっけ。


「……うそつき」


「人に黙って死ぬような奴に、言われたくねぇ」


「ウソなんてついてないもん」


「どっちにしろ、悪い事をした自覚はあるだろ?同じ事だ」


「……なんで僕、ぴかりんに言葉で勝てないのかな」


「屁理屈か、実力行使しかしてこなかったからだろ、今まで」


 ニヤリと笑った彼は、勝ち誇ったような顔でそう言った。


 それでも、切なくて震えているその唇を見ると、ああ、本当に僕の事を心配してくれたんだ、と思う。


 それはそれとして、僕はやっぱり悔しかったから。


「ねぇぴかりん」


「ん?」


「あの日の続き、する?」


 僕はまたそう言って、彼を誘うのだった。



£££



 白い世界は、随分と簡素で冷淡なモノでできていた。


 軽くて厚く、二人三人くらいなら容易に覆えるであろうベッドの中で。


 僕はまた、彼に笑顔を見せる。


「ほら、ぴかりんも笑ってよ」


「クソッ……クソッ」


「なんで泣いてんのさ……嬉し泣き?」


「うるせぇよ、リュウ。いつまでも飄々としてんのが、すげぇムカつくだけだよッ!!」


「なら良いや」


 僕の好きな、風に流れる柳のような、美しく澄んだ黒い髪。


 彼が振り乱すそれは、僕の心にとっては狂気そのものだった。


「ねぇ、髪触って良い?」


「好きにしろよ。俺が寝てんのを良いことに、散々撫で付けやがって」


「なんだ、やっぱり起きてんじゃん」


 彼の髪を、揺れる身体でゆっくりと撫でる。そのまま彼の首周りに抱きつき、首元に顔を埋める。


 彼は一瞬肌を震わせて、また僕の体を見る。


 彼は黒い塊のようで、冷たく心地よく僕の体を侵していくようだった。


 彼の吐き出す熱い吐息が、彼の体の熱を全て奪っているかのようで、僕の触れる彼の体は全て、僕への配慮を持って心地よい冷たさに覆われていた。


 決して冷淡ではなく、むしろ適切な心で迎えられた僕は、安心して彼の体に浸っていた。


「リュウ!なんで俺に彼女いねぇのかって、言ってたよな?!」


「うん。でも、ホントはいたんでしょ。分かっちゃったもん」


「俺は、!!」


「……あぁ、だからか」


 合点がいったとばかりに、僕は彼の耳元に触れる。何かをしようと身構えてみたけど、特に何をする気もなくて、ただ指で彼の首元を弄ぶだけに終わった。


 小学校の頃から、腫れ物のように扱われていた彼。


 あれくらい幼ければ、あの子達にとってはとんでもない異物であったろう彼に近づき難いのは、当然のことであった。


「だから、僕を好きになったの?」


「……違う。そん時はまだ、俺はこっそり、顔の良いお前を盗み見てたくらいだよ」


「結構な好意を感じる行動だね」


「最後まで聞け……俺は、血を吐いてるお前を見たんだ。出会う前、たった一度な」


「……ほんと?」


「あぁ」


 僕が小学校に行った段階でそんな出来事が起こったのは、決して多い回数ではない。


 せいぜい、一度あるか無いかというところだ。


「"赤い蝶"の意味、結局分かってくれなかったな!!」


「……小学生だからか。蝶なんてチープな喩え、流石に気づかなかったよ」


「悪かった、な!!」


 彼は僕を、完全に下に押さえつけた。


 下から見上げる彼の顔は、汗の他にも眦から垂れる液体に濡れていて、ホントに酷いものだった。


「初めての体験かも。泣いてる相手に抱かれるのって」


 彼は嬉しいような、悲しいような、悔しいような、そんな表情を作って僕に笑いかける。


「……お前は!いつも!!いっつも!!!俺の気も知らずに、テキトーな恋愛しやがってよ!!ふざけんじゃねえ!!」


 僕への鬱憤を晴らすかのように。


 僕は嬉しくなって、また彼へと笑いかける。


「好きだよ、ぴかりん。やっぱり、ぴかりんだった。良かった、本当に」


「お前の言葉は、自然すぎて不自然なんだよ。言われた気がしねぇな」


「じゃあ、もっと言ってあげるよ」


 彼は顔を拭って、僕にキスをしてくれた。


「ほら、言えよ」


「もう……!!ホントに負けず嫌いなんだから……!!」


 好きだよ、ぴかりん。


 ずっとずっと好きだった。


 なんで僕は、彼の他に恋人を作ってるんだろうって、ずっと疑問だった。


 でも、僕のためにぴかりんを殺したくなかったんだ。


 幸せになって欲しいよ、君には。


「もっと言えよ、もっと!!俺も好きだ!大好きだ!!なのに、なんでお前は、俺以外とッ!!」


「半ばまで協力してたじゃん、ぴかりんも。でも、確かになんでだろうね。お互いに好きだったのに、なんで付き合わなかったんだろ」


「理由はあるだろ、両方悪い!!」


「そりゃまぁ確かに、そうだけどさ」


 好きだよ、ずっと、これからも。


 死んだ後も好きだよ。確信を持って君に告げる。


 耳元で囁く。


 口元で伝える。


 瞳を合わせて涙を食べる。


 そうやって、僕らは長い長い時の思いを禊ぎながら、募る想いをぶつけ合って、それでもなお、夜の終わりは見えない。


 そして夜の終わりに、僕らはきっと死ぬ。


 だから、もうちょっと強く抱いて欲しい。


 死が二人を分つことはなく。


 死とともに僕らは歩き出すのだから。


 助走は今、済ませるべきだ。


 彼の涙に反射した、自分の頬を伝う涙を舐める。


 そうして舌に広がるものは、どこまでも燃えるような甘さだった。


 

 

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死なない二人 御愛 @9209

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