耳を塞いで、私は世界から逃げていた。
音は暴力で、音楽は苦痛で、人の声さえも刃のように刺さった。
それでも私は、生きていた――ただ静かに、透明に。
そこへ現れたのは、世界一うるさくて、世界一まっすぐな少女。
自分の声に自信を持ち、笑い、歌い、叫ぶ。
そして、どんな遮音も貫く声で、私の沈黙を壊していった。
イヤーマフとヘッドホン。沈黙と音楽。拒絶と衝動。
交わるはずのなかったふたりが、少しずつ世界を重ねていく。
文化祭のゲリラライブ。片道一時間を越える音楽探訪。
ぶつかり、笑い、つながっていく声と声。
その中で見つけた『初めての本音』と、『聴かれたい』という願い。
それはきっと、世界でいちばん遠かったふたりが、
世界でいちばん繊細な音で心を結んでいく物語。
この声は、もう誰にも止められない――。
音に傷ついた少女が、音で世界を愛し直す青春の旋律、ここに開幕。
重苦しい曇天を見上げると、そこに光もなければ優雅な和音もない――かと思いきや、『ON・楽!』はそんな“曇り空”を味方につける奇妙な読後感をもたらしてくれます。
絶対音感に追い詰められた雨宮朱音がイヤーマフ越しに閉ざした世界を、神原晴歌との出会いで少しずつ剥がし、新たなハーモニーを浮かび上がらせる様は、まるで曇天が奏でる未完成の交響曲だ。校舎裏のゲリラライブで鳴り響く音たちは、灰色の雲間から漏れ出す光の粒子のように二人の心を刺激し、舞台を広げてゆく。曇り空はもう「しょうがない」景色ではなく、自ら選び取れる音符の集合となり、ライブ後の「もっと聴きたい」という声は、この世界自体がアンコールを求めている合図のように聞こえてきます。
音と空が溶け合う彼女たちの物語は、灰色のキャンバスに独特な色彩と響きをもたらし、新たな世界へのスイッチを静かに押し込む彼女たちの姿は、私たち自身の内なる音楽を見つける勇気を与えてくれることでしょう。