第61話 最後の海水浴、そしてタコ飯
森川園長が大宮青年とともに岡山に戻り始めた頃、こちら塩生の海岸ではよつ葉園第5班の最後の海水浴が始まった。今回は中学生以上の子ら20人に加えて保母や保母助手、それに奉仕活動に来た大学生をはじめとする若者たちで約30人近くの大所帯となった。これだけの年齢の子らであれば特に地上から見てもらう必要もないといえばないが、万一のこととこれまでの経緯を鑑み、この寺の若いお坊さん2人が同行して荷物を管理してくれているため、皆もう遠慮なく泳げる。
幸か不幸か、まあ言うまでもなく前者だろうが、先日のキャンプファイアーで交際がバレてしまった若者たちは、それぞれ意中のお相手とともにはしゃいでいる。それを思春期突入間もない中学生男女、特に女子が茶化すことはもうお決まり。
「磯貝さ~ん! 今日は景子センセーと一緒でよかったねー」
その声は間違いなくあの少女。そう、山根麻友。今年中3になるが、来年からはなんと、同級生の光岡少年の家業である食堂で働きながら定時制高校に通わせてもらう予定となっている。光岡少年の両親、特に母親が彼女を気に入ってくれたことが大きい。岡山大学裏にある食堂は、いつも学生たちで盛況。大学の食堂もないわけではないが、何だかんだで夜遅くまでやっている食堂や喫茶店の需要は高い。
「悔しかったら、おまえも彼の一人二人作ってみやがれぇ~」
そう言い返す青年に、彼女が言い返す。
「もういるも~ん。い~だろ~!」
「不純異性交遊、するなよ!」
「せんわぁ! 景子命の磯貝大センセーと一緒にせんといてー」
「するときはゴム忘れんなよ!」
「キャー!」
言い合いにも飽きたのか、麻友の一団と磯貝夫妻、もとい、磯貝青年と景子嬢はそれぞれの場所へと泳ぎに向った。
「磯貝君、やたら張り切っとるなぁ」
少し離れた場所でこんなことを言うのは、やっと彼女と一緒になれた浅野青年。
「磯貝さん、景子先生とイイカンジねぇ」
美香嬢が感心するやら、呆れるやら、いやいや、うらやましがるやら。
「オレらもあんな風にやりたいなぁ~」
「こらシゲオ!修行中の分際で!」
「ごめん美香姉、そろそろ我慢の限界がぁ」
「そんなことは当分一人でやってろ! あ、洋子ちゃんに手ほどきしてもらおうなんて間違っても思っちゃだめよ!」
「誰があんなエロネエチャンと・・・」
「だからこそ、でしょ?」
「だからこそやらねえよ。オレも美香命じゃけえ」
幸い誰にも見られていない模様。彼はすかさず彼女の唇を奪った。
「こら、ここはアメリカじゃないぞ。そんなこと公共の場で・・・」
そんなことを言いながら、今度は彼女から彼に同じことを仕掛ける。どこからか聞いたような歓声が聞こえる。キャーとか何とか叫んでいるようだ。しかし、こちらを見ているような目はひとつもない。少なくとも、彼らの知っている目は。
どうやらそれは、女子たちのただの歓声だったようである。ほどなく、男子たちの歓声も聞こえた。これまた、彼らに向けられたものではなかったようである。
楽しい海水浴も終わりに近づいた。
頃合いを見て少し年長のお坊さんが海から戻るよう指示を出した。程なく皆陸地に戻った。人数の揃っていることが確認できた。あとはそれぞれ着替えてシャワーを浴びて××院に戻る。××院では、昨日まで手伝いに来ていた佐藤青年が海水浴を終えた人たちに麦茶を振舞った。佐藤青年は彼らが海水浴から戻って次の下津井に向かうまでの間のために呼ばれていたのである。
少し休んで、彼らはこの後下津井へと向かうことになっている。下津井でタコ飯をいただいた後、子どもらは下津井電鉄の軽便電車と国鉄線を乗継して岡山へと戻る。あとは、岡山駅から歩いてよつ葉園まで戻る予定となっている。
時計の針が12時を示した。12回の音が刻まれたと同時に、岡山に戻る一団は住職に連れられてバス停に向かう。程なくバスは来た。あまり客は乗っていない。ここでかなりの乗客数になるが、まだ立席が出るほどでもない。バスは10分とせぬ間に児島の市街地に入り、いくらかの客を乗せて児島駅に到着した。
児島駅からは岡山に向かわず、いったん下津井まで向かう。12時30分頃、茶屋町からの電車がやって来た。駅員の誘導により、一団は前の車両に案内された。この日の車掌は大山洋子嬢。眼鏡をかけた小悪魔的な女性。彼女は遠慮することなく、同乗していた1歳年下の佐藤青年を業務用の放送で呼んだ。
「タイセ君、今日は岡山まで戻るん?」
「いや、茶屋町まで同行させてもらうことにした。だって・・・」
「洋子が乗務する電車に乗りたいだけでしょ。ついでに今晩は洋子の上に乗っかるおつもりね。もちろん大歓迎。しかし何、児島に戻るまで先方持ち、運賃まで」
「いやあまあ、その・・・」
「現金な子ねぇ」
電車は程なく下津井に到着。ここで洋子嬢はしばらく休憩。よつ葉園の一団はタコ料理の店へと歩いて向かった。13時頃になり、昼食の客も減った頃。店としてはこの時間から来てもらった方がありがたいため、そうしてもらっている次第。
タコ飯をいただいてしばし休んだ一行は、14時30分下津井発の電車で茶屋町に向かうことに。約1時間の電車の旅を終え、今度は国鉄茶屋町駅から新型の気動車列車に乗車して彼らは戻る。茶屋町駅では青木助役が今度も誘導してくれた。しかもこの列車の車掌は岡山車掌区の川本車掌である。今日は気動車の乗務。
「川さん、あと頼みますね~」
「青ちゃん、あとは任せといてや~」
この二人、よつ葉園のこの業務によって接点ができていた。本社採用の大学出のエリートと高卒の車掌という違いはあるが気は合うらしく、機を見て度々岡山で飲んだりする仲でもある。
茶屋町駅でよつ葉園第5班一行を見送った佐藤青年は、洋子嬢の乗務する列車にそのまま乗車して児島に戻った。彼が児島に戻ったのは、単にあとで洋子嬢と逢瀬を楽しむためではない。下津井での件と茶屋町までの経緯につき、××院に報告する要員としてあてがわれていたのである。
無論その後は、何処に行こうと自由である。彼は迷うことなく、意中の人のもとに行く、というか戻ることを選んだ次第。
「下津井のほうは問題なく終りましたな。これを、あなたの意中の人に言づけて、タコの店にお届け願います。無論、あなたが行かれてもいい。よろしく頼みます」
意味ありげに副住職より言づけられた青年は言う。
「明日は、彼女公休ですので、一緒に下津井に参ります。その折にお渡ししようと考えております」
「ま、経緯はどうでもよろしい。明日に届けていただけるならそれで」
副住職の眼鏡の奥は、今はもう光を帯びていない。現住職も去ることながら、数日後にも住職に昇進する彼もまた、この程度で目くじらを立てる人物ではない。報告を副住職とともに聞いた住職は、そのやり取りについては何も言わなかった。
しかし最後に、住職よりいささかの訓戒が与えられた。
「佐藤君、お疲れさまでした。少しは奉仕活動というものの本質がお分かりいただけたようで何よりです。貴君は料理が得意と伺っておったが、私の想像を上回るものでありました。本当にありがとう。これからの時代、男も料理くらいできた方がよろしそうですな。貴君はこれからの方。しっかり、がんばりなさい」
次の更新予定
遠浅の海へ ~汽車と軽便、そしてバスで 与方藤士朗 @tohshiroy
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