第10話

 ハルが呼んだ警察が来る前に、マーチ達は月面を後にした。家に帰った後、マーチもアスマも疲れがどっと出てしまい、夕方までずっと眠ってしまった。


 その夜のニュースで、カニスとプロキオンの一件が報じられた。プロキオンがスクラップにされ、ばらばらになったことも知った。


 翌日アスマと、ルールー星を旅立つというハルの見送りのため、宙港に向かった。巻き込まれただけなのに最後まで付き合ってくれたハルに対する、最低限の礼儀だと思った。


 そのハルが赤ちゃんを抱えていたので、マーチは驚いた。白い髪に、赤と青のオッドアイの瞳の、可愛らしい赤ちゃんだった。ハルいわく「旅の仲間」で、昼間は託児所に預けていたのだという。


「こ、この子と一体どういう関係なんだ……?」

「申し訳ないが、こちらにもこちらの事情があるので詳しいことは言えない。だが、犯罪など事件性に繋がるようなやましいことは一切ないとだけ言っておこう」


 アスマの質問に、ハルはそう答えた。マーチとしても気にならないと言えば嘘になるが、こちらの問題にハルを巻き込んでしまった手前、深く詮索するのははばかられた。アスマも同じ気持ちなようで、首を傾げつつ、それ以上追及することはなかった。


 マーチはハルに深く頭を下げた。


「本当にごめんなさい、ハルさん。たくさん迷惑をかけてしまって、疑ってしまって……」

「いい。あの場面では仕方のない状況だったからな」


 感情を持たないロボットの反応は、あっさりとしたものだった。抱っこされている赤ちゃんは、ぱちくりと大きな瞳を瞬きさせた。


「実は私は自分の宇宙船を持っているのだが、その宇宙船が不具合を起こして修理に出していたんだ。だが宇宙船を修理に出していなければ、このような経験を得ることはできなかった。貴重な経験を積めたのは間違いない。だから、気にしないでほしい」


 ハルは、ルールー星のロボットミュージアムを完全に周りきることができなかったので、次に来ることがあったら、今度こそちゃんと見たいものだ、と言った。マーチは、ぜひまた遊びに来て下さい、と心から言った。頷いた旅のロボットは、「ではな」と去って行った。


 その日から、今日で一週間が経った。マーチは今でもヒーローが好きだ。悪と戦う姿を、困っている人を助ける姿を、夢中で応援している。


 しかし、こういうヒーローになるにはどれだけの努力と経験と時間を積まなければいけないのだろう、と考えるようになった。


 本当のヒーローになるには、自分はまだまだ未熟も未熟ということを思い知ったからだ。


 アスマはプロキオンのことを、「悪いロボットだった」と評する。しかしマーチは違うのではないかと思っている。プロキオンの行動も全てカニス博士という人間の指示によるもので、プロキオンは忠実に命令を守っていただけだ。プロキオンが完全な悪とは言い難い。


 しかしマーチはプロキオンを救えなかった。兄を助けることと引き換えに、プロキオンを切り捨てた。それは自分の力が足りなかったからだ。マーチは今の自分のことを、ヒーローと名乗るのをやめた。


 様々なことを考えながら、部屋で外出の支度をしていると、ドアがノックされた。


「マーチ、準備できたか?」

「うん、終わったよ。行こう、兄ちゃん!」


 マーチは部屋を出て、アスマと玄関に向かった。今日の外出先は、あのロボットミュージアムだ。先週行ったときはプロキオンのことがありちゃんと楽しみきれなかったので、リベンジをするのだ。


「今日はほんっとに、何事もないといいけどな……」


 アスマがため息混じりに言った。その後、何かに気づいたように、マーチを見た。


「なあ、マーチ。もし今日ロボットミュージアムで、展示品のロボットが“たすけて”って言ったら、どうする?」


 え、とマーチは歩みを止めた。目を閉じて、しばらく考える。


 けれど、わざわざ考えるまでもなかった。答えはあっという間に浮かんだからだ。

 マーチは目を開け、苦笑しながら答えた。


「助けちゃう、かな」

「ま、それがマーチだよな」


 はは、とアスマは笑った。


「さ、行くぞ」

「うん!」


 玄関を開けて、外に出る。今日もマーチを取り巻く世界は平和だった。



 




最後まで読んで下さりありがとうございました!

作中に出てきた旅のロボット「ハル」がメインキャラの作品を連載中なので、もしよければどうぞ!→https://kakuyomu.jp/works/1177354054888150224

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ヒーローと不思議なロボットの長い一日 星野 ラベンダー @starlitlavender

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