2.
翌日、祖母の見舞いに出かける。病院までは電車で二駅で、二人の従姉妹が連れて行ってくれることになった。従姉妹は上が僕の一つ下で中学三年、下は妹と同じ中学一年。昨日の晩から、三人でキャッキャキャッキャ騒いでいた。
本当は、午前中に出かけるはずだった。ところが、三人で夜遅くまで起きていたのだろう、起きてきたのが昼近くだったため、一番暑い時間帯に出かけることになった。炎天下とは無関係にしゃべりつづける女三人にはついて行けず、とっとと駅に向かう。
券売機だけが置いてある駅で時刻表を見上げ、十五分に一本しかない電車にあらためて感心する。どうやら、電車の出た直後らしく人はいなかった。
「お兄ちゃん、速い」
妹の声とともに、三人がくる。一本乗り遅れたことを指摘するが、まったく意に介さないようだ。
二両しかない電車に揺られる時間は十分ほどしかなく、待っている時間のほうが長かった。それでも、車窓から単調であっても緑色主体の景色が見られるこの電車の方が楽しいと感じる。向こうでは下手をすれば、ずっと壁しか見えないという事だってあるのだ。
病院は歩いて五分ほどのところにあった。周りに大きな建物がないので、ひときわ立派に見える。自動ドアが開き、中の冷気にほっと息をつく。
病院の中では、さすがに三人も声をひそめていた。薬のような病院特有の匂い、気だるいのに緊張している待合室の空気、一時も止まることなく動き回る看護師の様子。病気でもないのに元気がなくなるのはなぜだろうか、まずは待合室の雰囲気から改善しなければ医療の改革はありえないな、などと埒もないことを考える。
受付のところで上の従妹が何か書いている。覗き込むと、見舞い客の名前を記すノートを書き込んでいた。
「優も相変わらず、字ぃ下手やなぁ」
「一樹君に言われたくないね」
従妹はノートを受付の人に渡すと、ドアのそばにいた二人を手招きする。エレベーターは車椅子の人が使うところだったので、階段で四階に上がる。
階段を出て左手の廊下の突き当たりに、祖母の入院している部屋があった。ブラインド越しでも外の光は強く、中は明るかった。少し沈んだ静かさが満ちる部屋の中では、足音さえやかましいのではないかと思わせる。
カーテンで四つに仕切られた部屋の、向かって左手の窓側のベッドに祖母がいた。ちょうど看護師さんが点滴を片付けているところで、その人と入れ違いにベッドに近づいた。
「あぁら、いらっしゃい」
点滴をしていた部分のガーゼは痛々しいが、思ったより元気そうだ。祖父と同じで年をとったなぁとは思ったが、長くないかもしれないとは思えなかった。
「凛、ジュース買ってきなさい」
祖母はそう言って、従妹にお金を渡す。なんで私ばっかと文句を言うので、上の従妹も一緒に一階の自販機に向かった。お見舞いの品だろうか、祖母の勧めてくれたお菓子を食べながら、詳しいことを聞く。順調に行けば、あと半月ほどで退院できるかもしれないそうだ。戻ってきた従姉妹を交え、少しばかり雑談に興じた。
「芝原さん、レントゲンいいですか?」
看護師さんが、祖母を呼びに来たので帰ることにする。帰り際に、僕と妹は小遣いまでもらった。見舞いに来たのだからと一応は断ったのだが、しっかりと財布にしまいこむ。
看護師さんが祖母の乗った車椅子を、玄関口まで押してきてくれた。手を振って分かれると、ウァっとする暑さの中に出る。
「何か、大丈夫みたいやな」
妹にそう話し掛けるのだが、彼女はもらった小遣いを何に使おうかと、従姉妹と話していた。
「お前ら、何しにきてん」
「どうせ、一樹君は貯金でしょ」
「あかんのか」
何となく言い負かされそうなので、会話を区切る。まぁ、このような会話ができる程度の入院で済んでよかったということだ。
上の従妹は、塾の講習に行くというので駅で別れた。彼女は今年受験なのだ。妹と下の従妹に、再来年はお前らもだと言ったのだが、まったく効いていない。何より、人に言えるほど自分が勉強をしていたわけでもない。
夕飯の後、妹と下の従妹はテレビの怪奇特集を見ていた。この二人は怖がりのくせにこういうのが好きで、暑い中べったりとくっついて、画面に見入っていた。
「ちょっと、何変えてんのよ」
「点数だけ」
コマーシャルの合間に、野球中継に変える。ニュースの速報では、4対0で阪神が勝っていたはずだ。しかし、マウンド上のピッチャーは既に交替しており、いつの間にか4対6に逆転されていた。舌打ちをして、チャンネルを戻す。
ちょうど心霊写真のコーナーで、目に線が入れられた修学旅行の集合写真に、三つの白い顔が写っていた。テレビのキャーという声と、二人の声が微妙にハモる。その後別の写真が紹介されるたびに、二人は楽しそうにキャーキャー騒いでいる。これなら、祖父と一緒に時代劇でも見ていたほうがましだと思い部屋を出る。ついでに部屋の電気を消してやった。本当に驚いた時の声がして、それから怒鳴り声が聞こえる。
翌朝、障子が真っ白くなる頃に目を覚ました。周りが土なので直接日が当たらない以上、向こうのように暑さで目を覚ますということがない。朝食だか昼食だが分からない食事をとり、出かける準備をする。写真部の課題を済ましてしまおうと思ったのだ。頼まれて入っただけなので真面目にやる気などなく、とにかくノルマを果たそうとしていただけだった。
かばんの中から、カメラを取り出す。
顧問の先生が長い薀蓄とともに貸してくれたカメラは、画面が付いていない。フィルムを現像して写真にするという、昔のカメラだ。撮ったその場で写真の確認ができないのは不便極まりないと思うのだが、先生がいうにはそれこそが写真の本質なのだそうだ。
正直、よく分からないしスマホで撮ればいいかと思っていたのだが、あまりにも熱心に貸してくれるというので、仕方なしに貸りてしまった。先生が書いてくれた取扱説明書を一緒に持って家を出る。
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