3.

 最初はその辺を適当に撮って終わりにしようと思っていた。しかし、あまりに何の変哲もない田舎の景色の中でカメラを構えるのは、恥ずかしいと言うか変な気がした。どうせ他にすることもないんだしと思い、海に行くことにする。

 祖母の入院している病院とは逆方向に一駅。そのローカル線の終点は海岸のそばである。一応海水浴も出来るので、この近辺の人は結構遊びに来るらしいが、さすがにお盆の時期ともなれば来る人も減ってくるようだ。

 少々雲が多いが相変わらず暑く、波打ち際ではしゃいでいる子供達が気持ちよさそうに見える。せめてサンダルでくればよかったと、自分の靴を見て思った。写真に撮るにはいい構図なのだろうかと考えながら、ぼんやりと海を見つめる。海のそばの空気は少し重いような感じがし、それを運ぶ風は塩がきいている。

 空の青はかすむ水平線で海の青に変わり、海の青が砂浜で波の白に変わる。白い波は砂の色を濡れた灰色に変え、夏の暑さが再び砂を元のくすんだ白にもどす。少し歩いてみようと視線を移すと、道路と砂浜の間に植えられている松並木が、濃い緑と淡い影を作っていた。

 不意に、純白のコントラストが目に止まる。松並木の間に一人の女の子が立っていた。白いワンピースに、大きな帽子をかぶった女の子。じっと海を見つめるその子の長い髪が風でかすかに揺れる。一枚の写真のように景色の中に静止しているようにも見えたし、白くぼぉっと浮き上がっているようにも見えた。

 カメラを構え、シャッターを押す。何となくいい構図のような気がした。それに気付いたのか彼女がこちらを向く。きょとんとした顔で少し首をかしげた彼女に、少し慌てて会釈をする。そしてすぐに背中を向けて歩きだした。気まずさと言うか、恥ずかしさと言うか、ちょっとよく分からない焦りを僕は感じていた。

 結局その一枚を撮っただけで、帰ることにした。

 その途中の喫茶店で、上の従妹が男の子と話をしているのを見かける。二人とも塾の帰りだろう、参考書か何かを広げていた。放っておこうかとも思ったのだが、たまたま従妹と目があってしまう。ニヤァと笑ったら、すごい目で睨まれた。その夜、男の子といたことを口止めされる。どうしてかとわざと不思議そうに聞くと、何も言わずにもう一度睨まれた。

 次の日、もう一度カメラを持って出かける。今日はちゃんと写真を撮るつもりだった。電車の中で、海岸の景色を思い浮かべながら写真を撮る位置を考える。松並木を思い浮かべ、昨日のことを思い出す。どこかで期待していた。

 昨日よりいい天気で、さらに暑い日だった。足元から駆け上がってくるような熱と、圧力さえ感じさせるような光。きらめく海は誘うように眩しい。しかも、昨日の反省からサンダルでやって来た。しかし海の誘いには乗らずに、視線を移す。

 松並木を見渡して、息をつく。淡い失望とちょっとした安心感が、軽い虚脱感をもたらす。期待してもいたし、それを打ち消してもいた。別に会えたからどうというわけでもなかったが、会いたくなかったのではない。ほっとしている自分と、舌打ちをしている自分を持て余して苦笑する。

「とっとと、写真撮って帰ろ」

 そうつぶやくのだが、気分が乗らない。結局、ここにはあの子の写真を撮りに来たのだ。

 このまま帰るのもしゃくだと、砂浜の店でカキ氷を食べた。額の両脇を押さえ、痛みに耐えていると、聞きなれた大阪弁が聞こえる。

「やっぱ、来とったんや」

 妹と下の従妹が、泳ぐ準備をして来ていた。

「写真は終わり?」

 その問いには適当に答えておき、カキ氷の残りをかきこむ。しばし痛みに耐え、帰ることにする。この二人に付き合う気はなかった。

「ねぇ、私達をモデルにすれば?」

 従妹がそう言うと、妹はポーズをとる。笑いあう二人に、フィルムの無駄だと言って、立ち上がる。失礼なとか、カキ氷をおごるくらいしろと言う声を無視して店を出た。

 なぜか滅入っている体に、夏の海岸の暑さと明るさがこたえる。足にまとわりつく砂を気にしながら家路についた。

 翌日も、朝から落ち着かなかった。海に出かけようとする気持ちと、それをためらう気持ちの間を行ったり来たりしていた。海に行きたい気持ちは、あの子に会えるかもという単純な期待である。その上、写真を撮らなくてはならないという理由も持っている。だが問題は、それに難癖をつけている方の気持ちだ。

 かすかな恐怖、何とはなしの不安が行動をためらわせる。そのため、自分が抱いている期待を、理屈っぽく否定していく。写真ならどこでも撮れる、またあそこで会えるわけがない、会ったところで別に何をするわけでもない……だが、それが自分の思いの上っ面にすぎないことも分かっている。

 話をしたい、一緒に歩きたい、仲良くなりたい。そんな他愛のない思いが押さえがたく胸を躍っている。なのに、それを否定される恐怖に対し、必要以上に足がすくんでいる。

 半日以上部屋で悶々としたあげく、カメラをつかむ。胸の気持ち悪さを何とかするためには海に出かけるしかない、そんな理屈を見つけ、ようやく出かけることができた。既に五時を回っていた。

 ようやく日がかたむきだした砂浜で、僕はなんなくその女の子に出会えた。彼女は、店先の長椅子でアイスキャンディーをなめている。この前とは違い、水色のTシャツにズボンという格好であったが、間違いない。

 しかし、それからどうしていいかわからなくなる。会ってからどうするという、具体的なことを考えてきたわけではなく、とっさに気の利いたことができるほど器用ではない。そのまま立ちすくみ、度胸のなさに諦めのため息をついて家に引き返す。自分の性格ならそんなものであろうと、家を出る前に考えていた通りの結果になりそうだった。息をついて足を進める。

 彼女の座る長椅子に近づくと、彼女はこちらを向いた。たまたま目があい、さらに混乱する。が、あせって言葉を発したのは正しかったのかもしれない。

「あ、この間はすみません。勝手に写真撮ったりして」

 思ったより、声は上ずっていない。声をかけたことで、焦りも少し治まった。だが、次の句が思いつかない。苦し紛れに笑顔を作ると、彼女は微笑みで応えてくれた。それが、淡い自信を持たせてくれる。

「部活で写真やってて、休みの間に何枚か撮ってくるように言われてたんです。家の近所よりここの方が、いいかな思って。そしたら、その……あなたがいたんで、つい」

 だんだんと、言葉に脈絡がなくなり再び焦りが頭をもたげる。だから、言葉を継いでいなければ不安だった。いったん沈黙が訪れれば、それっきり最後のような気がする。だからといって、こんなことを言いだすとは我ながら驚いた。

「もう何枚か、撮らせてもらえませんか」

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