彼岸花の檻

小野塚 

『根古間神社祭禮』高柳誠

実は私、生まれも育ちもこの小さな

漁村なんです。小、中学校は地元、

高校は流石にJRで一時間ほどかけて

通っていました。そして高校卒業後は

自衛隊に入隊し、札幌の月寒駐屯地つきさむちゅうとんち

最後の勤務地となりました。

 丁度その頃、この町の銀行で守衛を

募集していたのが目に留まり、こうして

生まれ故郷への帰還が叶ったのです。


今日は、私がまだ小学生だった頃の

話をしようと思います。


あの頃一緒になって遊んだ幼馴染も

気付けば皆、こっちに戻っています。

鄙びた漁師町ではありますが、

想像よりもずっと住みやすいって

事なのでしょうかね。


 只、あの時の 出来事 を敢えて

思い起こそうとする者は誰もいません。


今でも彼岸花の赫い色を目にすると、

あの恐ろしくも鮮烈な記憶が蘇って

来るのです。





あっという間に過ぎ去る北の夏を

惜しむかの様に。

 新学期が始まっても私達はまだまだ

夏休み気分の延長線上にいました。


沢山の赤蜻蛉が其処彼処そこかしこに見られ、

気が早いもので、薄の尾花おばなが顔を

覗かせる様になっていたから、あれは

多分、九月の終わり頃でしょう。

当時、私は小学校の三年生でした。



あの日も、二年生のシンヤと一年生の

ケンスケ、それからヒロタカと一緒に

学校帰りの田舎道を歩いていました。

 三年生は、四時間授業の日が週に

二日しかありません。それに加えて、

同じ学年の子は三人しかおらず、しかも

他の二人が女子だったせいもあってか

大体いつも私は下級生の男子と遊んで

いたのです。


「マコっちゃん!赤蜻蛉捕まえるべ!」

「待て、棒っこさ止まってからだべ。」

学校から帰る道すがら、網の代わりの

帽子で赤蜻蛉を捕まえては逃がし、

 今日は何をして遊ぼうか。そんな事を

話しながら、電車の線路沿いの通学路を

歩いていました。


空には鰯雲が広がっていて、とんびが岬の

方へと飛んで行くのが見えました。

陸繋島りくけいとうの岬には灯台や神社があります。

蝦夷松えぞまつ椴松とどまつなんかが生い茂り、多分

巣でもあるのでしょう。


「今日は神社で遊ぶ?」ケンスケが

そう言いましたが。「いや、広場で

野球するべ!」シンヤの提案で一気に

そっちに流れて行きました。とはいえ

野球といっても実際キャッチボールか

バットで打った球を皆んなでキャッチ

する程度のものでしたが。




皆が其々の家にランドセルを置いて、

代わりに 野球道具 を持って広場に

集まりました。


空は高く、鰯雲はいつの間にか風に

流されて細い筋を描いていました。

広場には建設用の資材なのか、青い

シートで覆われた材木が、いつまでも

隅の方に放置されています。

 その側には彼岸花が数本、赤い花を

咲かせていました。


「綺麗だべや。」「ちょすな!毒が

あるっけよ、触ったら死ぬべや。」

「触ったぐらいで死なねえべ?これ

食べたら死ぬしょ。」日頃あまり

花などには無頓着な少年達の目にも

それは鮮烈に映ったのです。

「裏のお寺にはもっと咲いてるべや!

見に行くかい?」シンヤの提案に

私達は是も否もなく広場から場所を

寺へと移しました。




果たして、寺の境内には彼岸花が

其処彼処に赤い垣根を作っています。

鬱蒼とした針葉樹の中の幻想的な

風景は、寺の薄暗い本堂と対称的な

鮮やかさを創り出していました。


彼岸花というのは、墓場でよく見る

事から 幽霊花ゆうれいばな と言われたりも

する様ですが、元々、全草に毒が

ある事から墓地の 動物避け として

敢えて植えられていたそうです。


それは、土葬だった頃の名残りで。


ここから先は、死者の眠る領域だから

立ち入ってはならないという強固な

結界でもあったのだと、私は以前に

祖父から聞いた事がありました。


「お墓の方にも沢山咲いてるべ!」

シンヤが言いました。「本当に?」

「行ってみるべや!」「うん!」

墓地は寺の本堂横の砂利道から更に

奥へ入った所にあり、その砂利道にも

既に沢山の彼岸花が 赫い花 を

覗かせています。


   まるで、誘い込むように。



寺の本堂裏にある墓地は、想像よりも

明るく開けていました。

 目の前には、更に沢山の彼岸花が

行手を遮る様に咲いています。墓石の

周りや細い砂利道は勿論のこと、

何処も彼処も、彼岸花の 赫い色 で

埋め尽くされていました。


「うわぁ…。」「本当に凄いしょ。」

「なまら綺麗だべ。」皆、その景色の

凄さに呆気に取られていたのです。



と、突然。


    「彼岸花、欲しいかい?」


墓地の中程から声が掛かったのです。

「…。」私達は驚いて立ち竦みました。

彼岸花の 赫 に気を取られて、全く

人がいるのに気がつきませんでした。

 用もないのに子供達だけで墓地に

足を踏み入れるのは、悪戯をしに来たと

思われても仕方ありません。


「欲しけりゃ幾らでも摘んで行けや。

墓地の入り口に、なまら生えてて

邪魔くさい。摘んでくれたら嬉しいさ。

にもあるっけ、それも

一緒に摘み取ってくれねえべか?」


「…え、いいの?」叱られるのかと

思いましたが、どうやらその心配は

ないようでした。

「構わねぇさ。」声の主が墓石の

陰から、ぬうっと姿を現しました。


その人はフード付きの黒い

羽織って、俯き加減で大きな墓石の

陰に立っていたのです。


 一瞬、

     幽霊かと思ったけれど。


夏の名残を孕んだ太陽が、頭の上に

輝いています。こんな昼日中に


 幽霊なんか、出る筈がない。


そう思い直して、私は その人 に

言いました。「…ここのお寺の人?」

「…。」ですがその人は黙っています。

一応、寺の敷地内に咲く花ですから、

矢張りお寺の許可も無しに摘み取る

訳には行きません。

「お寺の人…で、ないの?」言った

瞬間、が。



「コラ!このンず共!こんな所さ

入り込んで、一体何やってるべ?!」



突然、背後から怒声が響いて、私達は

跳び上がらんばかりに驚きました。

 心底驚かされましたが、それが竹箒を

持った住職だとわかると 緊張 は

安堵へと変わって行きました。


「此処は遊ぶ所でねえ。仏さんに

怒られるしょ?」「彼岸花さ見に来た

だけだべや。したら、おじさんが

好きなだけ摘んでいいって言うっけ!」

シンヤが慌てて抗弁しましたが。

「おじさん?」「入口の彼岸花が邪魔

臭いから摘んで欲しいって。それと、

広場の資材の周りの花も。」

 対する住職は怪訝そうな顔を更に

厳しくして、何かを考え込んでいます。

「…。」私は一際大きな墓石の横を

見ましたが、もう誰もいませんでした。


 この、開けた墓地の中どこにも。




それから、私たちは半ば強制的に

家に帰らされたのですが。


「野球の道具、広場に忘れてるしょ!」

ケンスケが、野球の道具を広場に

置きっぱなしだった事を思い出して

私達は踵を返したのです。

 でも、広場には警察のパトカーが

何台か停まっていて立ち入る事は

出来ませんでした。





後で聞いた所によると。



広場の端にずっと置いてあった資材の

中から 人の骨 が見つかったのだと

いうのです。


ずっと見つからなかった  が。


随分と前に電車の事故があったのは

朧気ながら覚えていました。


 行旅死亡人


墓地の一際大きな墓石は、無縁仏の

合同祭祀の墓碑でした。




あの人は  の中で

ずっと気に掛かっていたのでしようか。









語了



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

彼岸花の檻 小野塚  @tmum28

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説