一周年記念特別ストーリー
午前4時30分。アラームの音で起床する。固いベッドのから上半身を起こし、髪をかきあげる。少し冷えた肩を抱くように触れる。ベッドから降りて、白衣を手に取る。マグカップに水を注ぎ、三脚の上に乗せる。マッチを手に取り、アルコールランプに火をつけて、三脚の下にそれを忍ばせる。資料の中に乱雑に置かれたインスタントコーヒーを手元に引き寄せ、椅子に座る。白衣のポケットに入った剥き出しの煙草を一本取り出して、アルコールランプの火を借りる。火が付けば、それは先端からじんわりと煙を燻らせる。口づけてその煙を肺に飲み込ませれば、ようやく1日が始まる。煙を堪能していれば、そろそろ水が沸騰してくる頃だった。マグカップを取り出し、三脚をずらしてアルコールランプに蓋を被せる。先程手元に手繰り寄せたインスタントコーヒーのパックを、その熱湯に漬からせる。その片手間で、資料の確認を行う。
被験体ファイルから、問診票を取り出して、被験体の情報を確認する。確認しつつ、ふと問診票に貼られた被験体の姿を見つめる。愛おしそうに、その写真を指先でなぞる、一人の研究員。
___もう、貴方達とここで過ごしてから長い月日が経ったものだ。貴方達のことは、我が子のように愛している。そして、罪人のように懺悔もしている。
写真から指先を離し、ファイルを閉じる。
今日も、彼女の研究と、貴方達の刑務所の生活は続く。今日が、貴方と出会って一年目だったとしても。
□□□
午前7時00分。ヒールの音を高らかに鳴らしながら、コンクリートでできた地面を闊歩する。問診票を持って、まず一組目のバディの部屋まで向かう。扉を開ければ、もう既に二人とも起床しているようで、一方は音に反応しキャシーを見つめ、一方はキャシーに向かって笑って手を振っている。
「あら、起きていたのね、二人とも」
「キャシーさんおはよー。アハハ、ねえ聞いてよ。コイツ四時くらいに急に起き出してさ?俺もあんま寝れてなかったから、ふと隣みたらめっちゃ目開けてて!思わず爆笑しちゃったよね」
「朝から元気で頼もしいわ。カフカ、調子はどう?珍しく、輸血中に寝れたかしら」
「体調は問題ありません。四葩手毬から伺いました。昨夜、気絶したカフカをキャシーが輸血室まで運んでくださったと。感謝の意を示します」
「そのせいで俺が一番に早寝させられることになったんだけどねー?」
「申し訳ございません」
二人の会話を聞きながら、輸血パックを外す。「失礼」と一声かけ、会話を遮りつつ、二人の腕に刺さった針を抜く。大体の片付けを終えたところで、キャシーは丸椅子に腰かけた。
「それじゃあ朝の問診を始めるわね」
用箋挟に挟んだ問診票とペンを持ち、いつもと同じように朝の問診を進めていく。二人とも、体調に異常はなく、問題なく問診は進んだ。
「特に問題なさそうね。これなら昼の問診は無くても大丈夫そうだわ。それじゃあお疲れ様。それと、今日の探索は二人にお願いできるかしら?」
「承知しました」
「りょうかーい」
二人とも依然とした様子で了承する。キャシーは一声、「羽目を外さないようにね」とだけ言って、部屋を後にするが、背後から、「それ俺だけに言ってるでしょ?」と笑う手毬の声が聞こえた。
□□□
午前7時15分。次のバディの元へ向かう。次に向かわなければいけない部屋は確かあそこのバディの部屋だ。扉を開ける。目があったのはヨアンだけだった。デイヴィッドは未だに横になっている。
「おはよう。ヨアン・リーヴァ」
「おはよう、先生」
ヨアンは微笑んで挨拶をしたあと、優しい視線をデイヴィッドに向け、「朝だよ、デイヴィッドくん」と声をかけた。一連の音に反応したのか、デイヴィッドは身体を起こした。ヨアンと目があったデイヴィッドは、「え、へへ、お、おはよう、ヨアンくん」と挨拶をした。キャシーはデイヴィッドの元までより、目線を合わせるようにしゃがんだ。
「体調はどう?回復したかしら」
「えっ、と、う、うん、も、もう、だ、大丈夫だよぉ」
ニコニコとしながらデイヴィッドは答える。昨日、デイヴィッドは夜の問診時から体調を悪そうにしていたため、いつもより長目に輸血の時間を取った。ヨアンも協力的で、早めの就寝を受け入れてくれた。ヨアンの血液のお陰か、デイヴィッドの体調はもう回復しているようだ。
気温の変わり目や、感染症。その他人間の体調に害を及ぼすものが滅んだ訳じゃない。それに、アンデッドとなれば、一体何が原因で体調を崩すのか、未だに計り知れたものではない。けれど、それも輸血の力でどうにかなる。キャシーはそう確信している。
「良かったわ。また何か異変があれば教えてちょうだいね」
「へ、へへ、う、うん」
キャシーの柔らかな言葉に、デイヴィッドは顔を赤くして嬉しそうに答える。デイヴィッドの様子も確認出来たところで、キャシーは二人の腕に刺さった針を抜き、輸血パック等の片付けを始めた。
「ヨアンくんも、キャ、キャシーさんも、や、優しいねぇ」
ヨアンを見てそういうデイヴィッドに対し、ヨアンは何も言わずにニコ、と微笑み返している。キャシーは片付けを終えたところで、鉄パイプの椅子に腰かけた。
「それじゃあ朝の問診を始めるわね」
用箋挟に挟んだ問診票とペンを持ち、いつもと同じように朝の問診を進めていく。二人とも、体調に異常はなく、問題なく問診は進んだ。
「特に問題なさそうね。デイヴィッドは念のためにお昼の問診に来てちょうだい。それじゃあお疲れ様。あとは自由時間よ」
それを聞けば、デイヴィッドは嬉しそうに笑った。ヨアンは依然とした表情だった。キャシーは去り際に二人に向かって微笑みかけ、部屋を後にした。
□□□
午前7時35分。次のバディの元へ向かう。次に向かわなければいけない部屋は確かあそこのバディの部屋だ。キャシーは軽く溜め息を吐きながら扉の前に立つ。奥から楽しげな声が聞こえる。扉をあければ、既に起床しているヒューとマリオンが、仲良さげに会話をしている。
「七つ目!ヒューの寝癖、すごい、すごいわ」
「きみ、暇になると私の寝癖を数えるそれ、やめないか」
「あ、キャシー!おはよう!」
「おはよう、Ms.キャシー」
「おはよう。マリオン。ヒュー・ウェイド。気分は……聞くまでもなさそうね」
早速、二人の腕を手にとって針を抜く。テキパキと輸血の道具を片付けていく様を、ヒューはぼーっとしながら、マリオンはニコニコとしながら見つめている。ある程度片付け終えたところで、木製の丸椅子に腰かける。
「それじゃあ朝の問診を始めるわね」
「待て、その前に聞かせて貰うぞ」
ヒューは少し眉をしかめてキャシーにそういう言う。キャシーは溜め息を吐いて、構わず問診票にペンで記入している。後、問診票を見つめながら口を開いた。
「見解をまとめてきたのかしら?どちらにせよ、話はあとよ。昼に時間を取ってあげるわ。まだ問診が済んでいない被験体がいるのよ」
「……わかった」
渋々、と言った様子でヒューは了承する。少しピりついた空気に、マリオンは少し悩みつつ、片手をばっと上にあげた。
「キャシー、わたしは今日も元気よ!異常無し!」
「ふふ、素晴らしいことね」
用箋挟に挟んだ問診票とペンを持ち、いつもと同じように朝の問診を進めていく。二人とも、体調に異常はなく、問題なく問診は進んだ。
「特に問題なさそうね。昼の問診は二人とも無くても構わないけれど、話したいことがあるなら、14時に承るわ。それじゃあお疲れ様。あとは自由時間よ」
キャシーの言葉を聞いて、マリオンはニコっと笑って、「コーヒー淹れにいこ」とヒューの腕を引っ張った。ヒューは一瞬キャシーの方をみつつ、マリオンの提案に了承した。そんなやりとりを尻目に、キャシーは部屋を後にした。
□□□
午前7時48分。次のバディの元へ向かう。次に向かわなければいけない部屋は確かあそこのバディの部屋だ。扉を開ける。どうやらまだ、二人とも目を覚ましていないようだった。キャシーは気にせず入っていき、声をかける前に、腕に刺さった針を抜いた。輸血の道具を片付けていると、音に反応したのかチューリエは片目を擦って目を覚ました。
「んん……あれぇ、もう、朝……?」
ぽわぽわとした表情でキャシーを見つめるチューリエ。キャシーは微笑んで、「おはよう、チューリエ。もう朝よ」と挨拶をした。輸血の道具を片付けている最中、チューリエは、片腕が開放的になっていることに気づいて、ベアトリスの方に寄っていった。
「あるじぃ。あさだよー…?」
「ん……ん、あぁ、い、嫌だ、……そのカスみたいな曲を……あたしに、きかせるな……」
「ふふ、あるじ、夢見てるのー?」
キャシーは道具をあらかた片付け終える。問診を始めなければいけないから、ベアトリスの肩をとんとんと叩く。
「ベアトリス。カタリナ・ベアトリス・マドリガル。起きなさい」
「…………へ、あ、あ!?!すっ、すみません、今起きました」
慌てて飛び起きるベアトリスにも、キャシーは微笑んで「おはよう。ぐっすり眠れたようね」と声をかける。ベアトリスが目を擦りながらあくびを一つする。チューリエも、つられるようにあくびをする。キャシーは鉄の椅子に腰かける。
「それじゃあ朝の問診を始めるわね」
用箋挟に挟んだ問診票とペンを持ち、いつもと同じように朝の問診を進めていく。二人とも、体調に異常はなく、問題なく問診は進んだ。
「特に問題なさそうね。これなら昼の問診は無くても大丈夫そうだわ。それじゃあお疲れ様。あとは自由時間よ」
キャシーがそういえば、チューリエはベアトリスに抱きつき、にへらと笑う。
「あるじ~、もういっかいねよ~?」
「あはは、……そうしよっか」
キャシーは二人のやりとりに僅かに口元を綻ばせながら、部屋を後にした。
□□□
午前8時05分。次のバディの元へ向かう。次に向かわなければいけない部屋は確かあそこのバディの部屋だ。扉を開ける。何も反応が無いから、二人ともまだ寝ているかと思ったけれど、一人は腰かけて目を瞑っているだけのようだ。キャシーが歩み寄って、肩をとんとんと叩くと、ノーバディは「うお、」と驚いた声を出して、ヘッドホンを外した。
「キャ、シー、か」
「イヤホン、まだついてるわよ」
キャシーが自身の耳をとんとんと指差し教えれば、ノーバディは遅れて気づき、イヤホンも外す。
「……ちょっと早く、目が覚めて」
ノーバディはCDプレーヤーの再生を止める。「あまり眠れなかったのかしら?」とキャシーはノーバディとエイプリルの腕に刺さった針を抜き、輸血道具の片付けを始めた。だいぶ音を立てているが、エイプリルが起きる様子は未だに無い。ノーバディは起こす素振りを見せずにただ黙って待っていた。片付け終わり、キャシーはエイプリルの肩をとんとんと叩く。
「エイプリル。朝よ」
「……エイプリル」
二人が何度声をかけても起きる様子は無い。キャシーは軽く溜め息を吐いて、鉄パイプの椅子に腰かけた。
「仕方ない。とりあえず、貴方だけ問診を始めましょうか」
用箋挟に挟んだ問診票とペンを持ち、いつもと同じように朝の問診を進めていく。ノーバディの体調に異常はなく、問題なく問診は進んだ。
「特に問題なさそうね。これなら昼の問診は無くても大丈夫そうだわ。それじゃあお疲れ様。エイプリルには、昼の問診に来るように伝えておいてくれるかしら?」
「……わかった。……わりぃな。昨日、俺が遅くまで話に付き合わせたんだ」
「あら、そうだったの。親睦が深まることは、謝ることじゃないわ」
そう言いながら、キャシーは部屋を後にした。その扉の閉まる音で、エイプリルは目を擦りながら起き始めた。
「……あ、れ……?……だれか……いました……?」
「キャシーが輸血のやつ、しまいに来ただけだよ。まだ寝てて大丈夫だって」
「……んん…………」
ノーバディの言葉に安心したのか、エイプリルはまた小さな寝息をたて始めた。
□□□
午後10時00分。ヒールの音を高らかに鳴らしながら、コンクリートでできた地面を闊歩する。問診票を持って、まず一組目のバディの部屋まで向かう。そろそろ今日の輸血を始めなくては。既に各々待機をしてくれている子達がいるから、まずはその子達のところへ向かおう。扉を開けば、既にぐったりとしているあんじぇらと普段通りの様子のローザの姿があった。
「こんばんは、ローザ・シルヴィーク。あんじぇら」
「どうも」
「……んん、ゥオ、んにゃ、は」
キャシーはあんじぇらの元まで歩み寄り、あんじぇらを見つめたままくすりと微笑み、ローザに声をかける。
「今日はずいぶんとはしゃいでいたようね」
「探索組が持ってきたおもちゃをずいぶん気に入ったみたい。ウサギのぬいぐるみと一緒に、それ、離さないの」
いつも大事に持っているウサギのぬいぐるみと、プラスチックで出来たラッパのおもちゃを両手いっぱいに抱き締めて眠っている。
「これじゃあ、問診どころじゃないわね。あんじぇらの様子については貴方から聞かせて貰えるかしら?」
「構わないよ」
「それじゃあ、夜の問診を始めましょうか」
用箋挟に挟んだ問診票とペンを持ち、いつもと同じように夜の問診を進めていく。ローザから聞くに、二人とも体調に異常はなく、問題なく問診は進んだ。
「特に問題なさそうね。それじゃあ、輸血の準備をするわ」
輸血パックに点滴スタンド、その他準備をキャシーは淡々と行っていく。3分程度で準備を終えれば、まずローザに腕を出すように指示する。ローザは黙ったまま、自身の右腕をキャシーに差し出した。キャシーはローザの腕に針を刺す。後に、眠っているあんじぇらの左腕の袖を捲り、針を刺す。普段なら騒がしくなるところだが、眠っているため安静に済んだ。問診票を持ち、二人を見つめる。
「これで終わりね。何もなければもう行くけれど、大丈夫かしら?」
「大丈夫」
「それじゃあ、おやすみなさい。また明日ね」
キャシーの挨拶をローザは瞳で見つめて返事をする。あんじぇらの、「ぐおぉ…」という寝息を聞きながら、キャシーは部屋を後にする。
□□□
午後10時10分。次に待機してくれているバディの元へ向かう。扉を開けば、和気あいあいとシーラとマディが会話をしている。
「こんばんは、シーラ・ベーカー。マディ」
「キャシーさん!こんばんは!」
「……」
シーラはニコニコと挨拶を返し、マディはキャシーを見つめた。二人の元まで歩み寄り、木製の椅子に座る。マディに、「腕を見せて」と言えば、マディは包帯で巻かれた腕をキャシーに見せる。
「特に傷んだりとかはしてないかしら?」
「大丈夫。そんなに心配しなくても」
「大丈夫かどうか、判断するのはアタシよ」
その様子をシーラは心配そうに見つめており、「シーラちゃんがもっと早く気づいてあげられれば良かったのですが……」と呟く。
「あら、でも貴方は傷一つ無かったでしょう?それだけで立派だわ」
キャシーがそういっても、シーラはあまり納得していない様子だった。キャシーはマディの腕を離し、問診票を手に取った。
「改めて、今日は探索お疲れ様。その話も交えて、夜の問診を始めましょうか」
用箋挟に挟んだ問診票とペンを持ち、いつもと同じように夜の問診を進めていく。二人とも体調に異常はなく、問題なく問診は進んだ。
「特に問題なさそうね。それじゃあ、輸血の準備をするわ」
輸血パックに点滴スタンド、その他準備をキャシーは淡々と行っていく。3分程度で準備を終えれば、まずマディに腕を出すように指示する。マディは大人しく右腕をキャシーに差し出した。キャシーはマディの腕に針を刺す。次にシーラの左腕をとり、針を刺す。シーラの方にキャシーは微笑み、「貴方の血で輸血をすれば、マディの傷もすぐに癒えるわ」と言う。シーラはくすぐったそうに笑みを見せた。
「これで終わりね。何もなければもう行くけれど、大丈夫かしら?」
「大丈夫」
「はい、シーラちゃんも大丈夫です!」
「それじゃあ、おやすみなさい。また明日ね」
「おやすみなさい!」
「おやすみ」
二人の声を聞き、微笑み返した後、キャシーは部屋を後にした。
□□□
午後10時27分。次に待機してくれているバディの元へ向かう。扉を開く。こちらに気づいたミスティとアダムは、それぞれ、「こんばんは」と、違う声のトーンでキャシーに挨拶をした。
「こんばんは。ミスティ・デ・ローナン。アダム・キャスパー」
キャシーも挨拶を返しながら、鉄の丸椅子に腰かける。問診票を持ち、二人を見つめる。
「今日は特に何も変わりなかったかしら?」
「えぇ、何もない、平穏な一日でしたよ」
「俺の方も、特には」
「そう。よかったわ。じゃあ夜の問診を始めましょうか」
用箋挟に挟んだ問診票とペンを持ち、いつもと同じように夜の問診を進めていく。二人とも体調に異常はなく、問題なく問診は進んだ。
「特に問題なさそうね。それじゃあ、輸血の準備をするわ」
そういえば、アダムは少しだけ苦い顔を。ミスティはほんのり心待ちにするかのような表情をする。輸血パックに点滴スタンド、その他準備をキャシーは淡々と行っていく。3分程度で準備を終えれば、まずアダムに腕を出すように指示する。既に袖を捲ってあった右腕を、大人しくキャシーに差し出す。キャシーはアダムの腕に針を刺す。アダムは目をそらして、溜め息を吐いている。次にミスティに腕を差し出すように言う。ミスティも既に、どこにでも刺せるように左腕を露出させており、それをキャシーに差し出す。ミスティの腕に針を刺す。ほんの少しだけ、脈が早くなっている気がする。
やたら顔を青くしたり、やたら興奮したりと、輸血時に変化を見せることの多い二人だったが、もう長いこと行ってきているから、ようやく落ち着きを見せていることに、キャシーは内心感心しつつ、ミスティの腕を離す。
「これで終わりね。何もなければもう行くけれど、大丈夫かしら?」
「はい、大丈夫です」
「私も大丈夫です♡」
「それじゃあ、おやすみなさい。また明日ね」
キャシーがそう言うと、二人の部屋を後にする。
「アダムさん、手を繋ぎましょうか?幾分か落ち着きますよ♡」
「え、いや。いいよ……。もう、全然慣れてきたし……。いや、慣れさせられた、が正しいのか……」
「そうですか……ご要望があれば、いつでもなんなりと♡」
□□□
午後10時40分。次に待機してくれているバディの元へ向かう。扉を開く。向かい合いながら、二人は今日あった面白い話を共有しているようだ。やけに距離が近いが。
「こんばんは。リズ=ロバーツ。ネイピア・リード」
「あっ、キャシーさん!こんばんは」
「こんばんは、キャシーさん」
二人とも笑顔でキャシーを出迎える。キャシーも微笑んで返す。コツコツとヒールの音を鳴らしながら、二人の元へ向かい、丸椅子に腰かける。
「今日は特に何も変わりなかったかしら?」
「そう、聞いて!キャシーさん、ネイピアったらね」
「おや、お恥ずかしいですね」
先程ネイピアから聞いた話を、リズは笑顔でキャシーに共有した。お恥ずかしい、とは言いつつも、ネイピアもくすぐったそうに笑ってリズを見つめている。
「ふふ。そんなことがあったのね。問診票に書いておこうかしら」
「書いて書いて!」
「おやおや……参りましたね」
キャシーは手に持つ問診票に、リズが話した話を簡単に記していく、フリをして、二人の様子から伺える気分や体調を記していく。
「じゃあ改めて、夜の問診を始めましょうか」
用箋挟に挟んだ問診票とペンを持ち、いつもと同じように夜の問診を進めていく。二人とも体調に異常はなく、問題なく問診は進んだ。
「特に問題なさそうね。それじゃあ、輸血の準備をするわ」
輸血パックに点滴スタンド、その他準備をキャシーは淡々と行っていく。3分程度で準備を終えれば、まずネイピアに腕を出すように指示する。ネイピアは大人しく右腕をキャシーに差し出した。初日、ネイピアは輸血をする時に騒ぎ散らかしたものだが、今や輸血の意図を理解し、受け入れている。現在とのギャップを思い出しながら、キャシーはネイピアの腕に針を刺す。ネイピアに刺し終えたことを確認したら、キャシーが言う前にリズはキャシーに腕を差し出した。キャシーは微笑みつつ、その左腕を手に取り、針を刺す。
「これで終わりね。何もなければもう行くけれど、大丈夫かしら?」
「自分は大丈夫です」
「私も大丈夫よ」
「それじゃあ、おやすみなさい。また明日ね」
「おやすみなさい」
「おやすみなさい!」
キャシーがそう言い、部屋を後にする。背を向けた辺りで、背後ではまた、二人は新しい会話を始めている。
□□□
午後11時50分。アルコールランプに火を灯し、今日一日の被験者の様子をまとめていく。今日も、安定した日々だった。まるで、このパンデミックが嘘だと思えるような、そんな笑顔を、表情をみた。グラスに注いだ水に口づけ、一口飲み、栄養調整食品を一口齧る。この食糧も、被験者達が収穫してきてくれたものだ。自身の命も、今や彼らに生かされている。
今日の問診内容を纏め終え、背もたれに深くもたれ、一息吐く。無意識に、白衣のポケットに手をいれるが、今日の分の煙草は、既に吸ってしまった。溜め息を吐きつつ、立ち上がり戸棚を覗く。チャック付きポリ袋の中に、まだ数本煙草は残っている。視線を下に向けて、資料を整理する。まとめて端に置き、白衣を椅子にかけて、アルコールランプに蓋をする。ベッドに腰かけ、物思いに耽る。不要な思考だが、考えない日は無い。軽く溜め息を吐き、横になる。
今日は、貴方と出会えて一年目。特別なようで、なんら変わらない日。
明日もこの先も。あの子達に、世界に、希望が在らんことを。
そう願う研究員の小さな祈りは、意識と共に落ちていった。
U□Bイベントストーリー @UNDEADBUDDY
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