桜編

午後1時35分。天気は快晴。雲一つない空から真っ直ぐに差してくる日は、少し煩わしいくらいに眩しい。自然が豊かな広間を、ざ、ざ、と二人の人間が地を踏む。


「アハ、こんなに綺麗な景色、まだ残ってたんだね~海の時以来だ」


「そうだね」


「ていうか、ヨアンと探索で二人きりになるの、初めてじゃない?」


「君一人で行動させたら、そのまま帰って来なさそうだからね。君のせいで先生に怒られてしまうのは釈然としないからね」


「えぇ?帰るに決まってるじゃん。でもヨアンがそういうなら、帰らないで行くのもありかな。アハハッ、キャシーさんに怒られてるお前、見てみたいな~」


「君の信用が薄いの、きっとそういう発言からだと思うよ」


いつも通り、意味のない小競り合いを繰り返している中、手毬は遠くに何か見つけたようで、「あれ、ここアメリカだよね?」と言い、ヨアンとの会話を中断させた。ヨアンも、手毬が見ている方向に目を向けると、そこには一本の大きな桜が聳え立っていた。


「最近は、アメリカにだって桜は生えているものだよ。それとも、故郷が懐かしくなったかい?」


「アハハ!面白いジョーダンだね」


手毬はやけに桜が気になるのか、また桜の方を観察するように見つめたあと、ヨアンの方に向き直った。


「ねぇ、ちょっと近くで見てみようよ」


そういって手毬は桜の方に向かって歩いていった。探索とは関係ないし、未だに収穫は何も無いから、道草を食っている暇は無いが、どうせ言っても聞かないんだろうな、と思いながらヨアンは手毬の後を10歩ほど遅れてついていく。


ヨアンよりも先に桜の下に着いた手毬は、「やっぱり!」と何やら興奮した様子でしゃがみこんで桜の木の下を見つめていた。ヨアンも遅れて着いたとき、手毬は笑ってヨアンに問いかけた。


「なぁ。『桜の木の下には屍体が埋まってる』……って、知ってる?」


「有名な日本文学だよね。英訳されたものしか読んだことは無いから、君が知っているものとは多少解釈の差があるかもしれないけれど」


「アハハ、物知りだね、暇だったのかな?まぁ、いいや。とりあえず、これみてよ」


手毬が立ち上がり、身体を半身下がってヨアンに見せたのは、桜の樹の下に、ぽっかりと空いた『穴』だった。掘られたもの、というより、掘り返された、または"何かが這って出てきた"ように見える形跡だった。


「文学はフィクションだ。でも、今の世界だったらあり得るのかもしれない気がしてさ。ねぇ、どう思う?」


「……」


本心か面白がっているのか、いまいち読めない表情で手毬はそういう。気にせずヨアンは穴の形跡を観察するように見つめた後に、そう言う手毬の方を見た。


「この中には元々屍体が埋まっていたって?」


「アハハ、だとしたら、面白くない?」


手毬は楽しそうに笑っているが、ヨアンは変わらずいつも通りの様子で手毬から桜に視線を移した。


「仮に君の言う通り、その文学通りの事象が起きてたとして、屍体が抜け出してしまったこの桜はいずれ醜く腐ってしまう、と読むのが妥当なのかな?」


「アッハ、結構真面目に考えてくれるね?嬉しい~」


「君がそう感じるならそれでいいけれど」


ヨアンの話をへらへらとした態度で片手間に聞きながら、手毬は辺りをきょろきょろと見回している。ヨアンは何も聞かず、手毬のその様子を見ていた。「うーん、」と声を漏らしながら、何も見当たらなかったのか、歩みだした。


「もう桜は満足したかな?」


「いや?せっかくなら、アンデッドを埋めてみようと思って。せっかく屍体が沢山あるんだから」


「無闇にアンデッドに接触する必要はないと思うけれど」


「嫌なら帰れば?お前がキャシーさんに怒られても、俺は別にどうでもいいしさ」


ヨアンは口角だけ薄くあげながらその話を聞き、また10歩ほど手毬の後をついていった。


□□□


「………」


「………」


ざっ、ざっ、ざっ、と、ただ淡々と屍体を埋めていく。物言わぬそれを、ただ淡々と。


「ねぇ」


「なにかな」


「いつ終わるんだ、って思ってるでしょ?」


「何もいっていないよ」


「えー?でも絶対思ってるでしょ」


また淡々と掘っては埋め、掘っては埋めを手毬は繰り返している。ヨアンはその背を見つめつつ、たまに辺りを軽く見回して、を繰り返している。


「よーし、終わった!」


そこら辺で拾ったシャベルを投げ捨てて、手毬は自身の額を腕で擦る。汗など流れていないが。


「満足したかな」


「え?そう聞くってことはやっぱ退屈してたんでしょ??」


「君一人置いていけないからね。君の用が済んだかどうかを尋ねただけだよ」


「はいはい、終わったよ」


待たせていたのは手毬なのに、手毬はヨアンも見ずに前を歩きだした。ヨアンは数歩遅れて手毬についていく。手毬は歩いたまま、後ろにいるヨアンに話しかける。


「これで、次来たときに安心して花見ができるね」


「それはジョークとして受けとればいいのかな」


「わかってんなら笑っとけよ」


二人は桜の樹を後にする。


桜の樹に遺されたのは、素性もわからぬアンデッドただ一つ。ウイルスにまみれた屍体でも、桜は綺麗に花を咲かすのか。それはまた来年、ここに訪れないとわからない。


「来年が楽しみだねー。俺頑張ったから、きっともっと綺麗に咲いてるはずだよね!」


「そうだね」


「てか、アンデッドで桜が綺麗に咲いたら、結構大発見じゃない?キャシーさんもさすがにこれは知らないでしょ!」


「先生に報告するのはあまりおすすめしないけれど」


「えー?やっぱ怒られるかな?」


「君が話したいなら僕は止めないよ」


「もしもの時は一緒に怒られようね!共犯者!」


「他人だよ」


桜の樹の下に、屍体を埋めた。ただそれだけの今日に、日差しは地を照らし続けている。


★★★★★四葩手毬【散り、消ゆ、屍体】

★★★★★ヨアン・リーヴァ【桜嵐と沈黙】

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