ホワイトデー編
静寂を踏み歩いていく。小石と砂がレンガに擦れ、じゃりじゃりとした音が響く。刑務所付近の安全な商店会を探索しながら、今日も必需品を探している。隣にいる探索同行者と、良く一緒になりますね、なんて、雑談を交わしながら。20mほど前を歩くバディは、親友と腕を組みながら、古着屋を見ていた。自分はそっちに気を取られていたが、隣にいる彼女は何やら見つけたようで、おや、と一言呟いたあと、その場にしゃがみこんだ。
「あっ、えっ、ネイ?ど、どうしたの…?」
「見てください。こんなところにチラシが落ちてます」
「本当だ。……結構ファンシーなデザインだね……。ここのお店のチラシかな」
「ベティ、知ってます?"ホワイトデー"というもの」
「ホワイトデー?な、なんだろう。ご、ごめん、知らない……」
ベアトリスは申し訳なさそうに謝罪した。立ち上がってもなお、チラシをじっと見ているネイピアの横に並んで、ベアトリスもチラシを見る。でかでかと『White Day』と書かれた下に、『愛と感謝のお返しにホワイトデーを』『大切な人と愛を深めたい貴方』と書かれている。
「愛と感謝のお返しに、ホワイトデーを……?」
「下にちっちゃく注釈もありますね」
注釈には『※ホワイトデーとは?日本発祥の文化!バレンタインのお返しを渡す日。』と書かれている。
「へぇ。日本にはこんな文化があるんですね。手毬には馴染みがあるんでしょうか」
「え。あー…………あの、ジャパンの……確かに……」
自分の知らない文化に興味を示しているネイピアをよそに、ベアトリスは『愛と感謝のお返しにホワイトデーを』、『大切な人と愛を深めたい貴方』、という文章を見ながら、ボーッと考え込んでいた。表情に出ていたのか、ネイピアはベアトリスの顔を見ると、クスクスと笑った。
「ベティ。そんなにニヤけてどうしたんです?」
「えっ。うそ。(待って絶対クソキモイ顔してた。キモいって思われたかも、いやネイはそんなことでキモいだなんて思う人じゃないのはわかってるけどでもあたしは紛れもなくキモい顔をしていたわけで、)」
「何か良いことでも思い付いた!という顔でしたよ」
「あっ、え、……っと……別に、良いこと、って訳でもないんだけど…………。チューリエが、さ。だいぶ前に、頑張ってウェディングを開いてくれたんだけど、……。あ、あたし、結局なにも、チューリエにお返し、出来てないなぁ……って……」
考えていたことを少し照れくさそうにベアトリスは話した。ネイピアは、真剣に聞いたあとに、ぱっと笑った。
「なるほど。それで、ホワイトデーでお返しを……ということですね」
「もうだいぶ経っちゃったけど、なにも無いよりは、あった方がいいかな……」
「そういうことであれば、自分も協力しますよ」
「えっ、ほっ、本当??」
「はい。乗りかかった船、ですからね」
「ネ、ネイっ……。ありがとう、あ、あたし、頑張るよ」
二人がそう立ち話をしていると、なかなかやってこないバディを気にして、前にいるバディ相手が名前を呼んできた。呼ばれた声に反応して、ベアトリスとネイピアはひとまず歩きだそうとする。一歩踏み出す前に、ネイピアは背伸びをして、こっそりとベアトリスに耳打ちをした。
「まずは計画を練らなきゃですね。帰ったら、ベティの部屋に集合で」
「わ、わかった……!」
□□□
「ふふ。花束、とっても喜ばれてましたね。チューリエさん」
「うん、良かった……。チューリエの喜んでる顔、かわいかったな……」
無事、チューリエへのお返しが終わったベアトリス。ベアトリスの自室で、ネイピアと座りながら、しみじみと余韻を感じている。一方ネイピアは、顎に指を当てて、ニコニコとしていた。
「こんな世界状況でも、綺麗に咲いているものは結構あるんですね。刑務所付近にあって助かりました」
「種類はバラバラになっちゃったけど、一つにしてみたらすごく綺麗な物になったよね……一緒に探してくれてありがとう、ネイ。ネイのおかげで、チューリエがたくさん喜んでくれたよ」
「いやいや。ベティが始めたことですよ。自分はちょっとしたお手伝いしかしていません」
「そういえば、さ。ネイピアは何か、渡さなくて良かったの……?」
「?自分が、誰に、何を……ですか?」
「いやっ、リズに……な、なんていうか、ほら、すごく、……仲良しだし、てっきり、ネイもリズに何か渡したいから、ついでに手伝ってくれてるのかな、なんて、思っちゃったり、して……はは、」
「自分がリズさんに……。確かに、自分も何か渡しても良かったかもしれませんね!お手伝いのことで頭がいっぱいでした」
そういってネイピアは笑うが、反対にベアトリスは申し訳なさそうに眉を下げた。
「あっ、そ、そっか。ごめんね、手伝って貰っちゃって……。ネイも、リズに、花束とか、何か、渡す?手伝ってくれたお礼に……って言ったらおこがましいけど、あたしでよければ、何か手伝うよ」
そう提案するベアトリスの前で、うーん、と声を漏らして、少々考える素振りを見せた。そのあと、顔を上げてぱっと笑った。
「いえ、大丈夫です。お返ししなきゃいけないものも、今はないので」
「あっ、そっか……。……わかった……(うわぁ、絶対にあたし、余計なこと言ったな……。そんなこと頼んでねぇよって、余計なお世話だよって……。そもそも頼むとしてもあたしじゃ頼りなさすぎるのかも……。だ、ダメだ……BAD思考が止まらない……。絶対これ夜一人反省会しちゃう奴……、うわぁ、ごめん、ネイ、あたしがうざいばっかりに……)」
「あははっなんでそんな顔してるんですか?本当、ベティは見てて飽きませんね」
途端に暗い顔をするベアトリスをみて、ネイピアはクスクスと笑っている。笑って満足した後、ネイピアは立ち上がった。
「それじゃあ、自分はそろそろお暇しますね。そろそろチューリエさんも、皆に自慢をし終えて、丁度良い花瓶を見つけてくる頃でしょう」
「あっ。うん。わかった。ネイ、本当にありがとう。ネイがいなかったら、あたし、今頃どうなってたか……」
「えっ、そんな生死に関わるレベルの話だったんですか!?」
「え!?いやっ、今のは言葉の綾というか、いやっ、なんか、わかんない、血迷い過ぎて貰っても絶対喜ばないなんか、めっちゃ綺麗な川の石とかにリボン巻いてたかもしれないから、」
「あははww冗談です、冗談ですよ、……ふふ、w」
焦るがあまりとても酷い例えを、両手をわたわたさせ、早口で語るベアトリスの様子がネイピアにはとても面白く、口元を手で覆い、肩を揺らして笑っている。一頻り笑い、涙を拭いた後、扉のノブに手をかけ、ベティの方を向く。
「まぁ、花束でも石でも、ベティが一生懸命選んだものなら、チューリエさんは喜んで受け取ってくれると自分は思いますよ。それじゃあ」
「ネ、ネイっ……」
ネイピアの一言に感銘を受けている間に、ネイピアは会釈をして扉を開けて出て閉めた。扉が閉じた瞬間、ベアトリスは、はっとした。
「……手、手ぐらい、振っておけば良かったかな……」
★★★★★カタリナ・ベアトリス・マドリガル
【貴方に似合う、綺麗な花束を】
★★★★★ネイピア・リード
【乗りかかった船、渡らない橋】
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