バレンタイン編
9時24分。朝の眩い光が刑務所の中まで心地よく照らしている。時期のわりには暖かく、問診の帰り、自室に戻ることなく刑務所内を散歩をしていた。地下階段に通りかかった時、なにやら賑やかな声が聞こえたから、釣られるように下へ降りていった。降りた先には、賑やかな声の主が、ただ一人、刑務所のキッチンを占領していた。
「おはようございます。ベーカーさん」
此方が声をかけて、ようやくシーラは人の存在に気がついた。それほど夢中になっているのだろう。と、青年はニコニコと笑う。
「あら!おはようございます、ミスティさん!」
「今は何をしていらっしゃるのですか?」
ミスティがシーラに歩み寄りながら、キッチンの上に置かれた様々を見る。お菓子作りに必要な道具類と、食品が置いてある。
「もうすぐバレンタインじゃないですか!ここの皆さんへ、シーラちゃんから愛と感謝を伝えなくっちゃ、と思いまして!」
と言いながら、材料を手に取る。粉類や既製品のクッキー、チョコレートなどがある。
「シーラちゃん特製スイーツをお作りするというわけです!」
「ふふふ、とっても素敵な計画ですね」
「まぁ、まだレシピは試行錯誤中、なんですけども!」
えへへ、とシーラが笑う。このパンデミックの中、材料が満足に揃わないのは当然のことで、限られた中で何を作るか、いまだに決めかねているようだった。シーラの笑顔を少し見つめたあと、ミスティは両手を胸の前で重ねて揃えて、口を開いた。
「ベーカーさんが宜しければ、わたしも何かお手伝いさせていただいてもいいですか?二人で考えた方が、きっとより良いレシピが生まれると思いまして」
ミスティの提案に、シーラは光の無い瞳を輝かせた。
「ほんとうですか!シーラちゃんはすごく嬉しいです!レシピだけと言わず、一緒にお作りしましょう?ミスティさんも、愛と感謝をお伝えしたいお方がきっといらっしゃるでしょう!」
「ふふふ、嬉しいお誘いです♡是非♡愛と感謝、ですか……。ふふ、では、ここにいる全員、ですかね♡」
「まぁ、シーラちゃんと同じですね!それじゃあ、張りきって参りましょう!」
「はい♡」
□□□
「できました!!シーラちゃんとミスティさん特性、チョコレートカップケーキです!!」
「ふふ、見た目も可愛らしい仕上がりですね♡」
「ミスティさんのアイデアがとても良かったので!」
「あら、それをお上手に作り上げたベーカーさんが素晴らしかったからですよ♡」
「まぁ!ミスティさんったら!」
甘い匂いに包まれた地下室で、二人はニコニコと笑って会話をしている。そんな会話をしつつ、ミスティは、キッチンに並んだカップケーキでは無く、個人的にこっそりと作っていたチョコレートを手にとってシーラに手渡した。
「ベーカーさん、よろしければこちらを」
「シーラちゃんに……ですか!」
「はい。お手伝いしたい、と申したのは、勿論あなたのお力になれれば……と思ったのもあるのですが、頑張るあなたへ、愛と感謝をわたしからお渡ししたいと思いまして……♡」
「ふふ、考えることは同じ、なんですね!」
そう言ってシーラもこっそりと作っていたクッキーをミスティに手渡した。
「一緒に作ってくれてありがとうございます!ミスティさんが居てくれたので、一人で作るよりも何倍もシーラちゃんは楽しかったです!なので、シーラちゃんからもミスティさんへ、愛と感謝を!」
「そんな、とっても、とっても嬉しいです♡あなたからの愛と感謝、確かに受けとりました。ふふ、食べるのがもったいない、とは、まさにこのことを言うのですね……♡」
「ま!食べてくださいね!シーラちゃんのクッキー、すっごく美味しいんですから!」
「うふふ♡勿論♡ところで、ずっと気になっていたのですが、その一際可愛らしいデコレーションをされたカップケーキはどなたに?」
「え!こ、これは!えっと、まぁ、お気になさらず!!」
「ふふ、野暮なことを聞いてしまいごめんなさい」
シーラは少し慌てた様子で大胆に誤魔化した。ミスティはそれをみてクスクスと微笑んでいる。シーラは話を変えようと、影に隠れたそれに視線を向けた。
「ミスティさんも、すでにラッピングされてるの、ありますよね!どなたかに渡すものですか?」
「こちらは……」
ミスティはシーラに言われたそれを数秒見つめて、その後、頬をほんのり赤くして妖艶に微笑んだ。
「秘密……です♡」
★★★★★ミスティ・デ・ローナン【頑張るあなたへ♡】
★★★★★シーラ・ベーカー【シーラちゃん特製の〈♡〉】
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます