2-9 空から見下ろす景色はいいぞ

 セイレスト領の野生竜をニンゲンからの乱獲から守るため、また、野生竜の活動を制限するために、セイレスト領には帝都の結界とほぼ同レベルの強度を誇る結界を張り巡らす必要があった。


 上位竜なら簡単にやられはしないだろうが、セイレスト領からでてしまった野生竜は『危害を加える竜』として討伐可能となってしまうので、それを防ぐ意味もあって、結界に強度が求められるのだ。


 ちなみにベルランの父が、ベルランに期待していた『竜の棲まう地の守護者』というのは、空天の渓谷に侵入しようとする不届き者を退け、野生竜と交渉し、空天の渓谷に均衡をもたらすことが可能な者のことだったのである……。


 『竜騎士』になれる者は一族内に多数いたが、『竜の棲まう地の守護者』は数百年にひとりというくらい少ないのだ。

 セイレスト辺境伯はもちろん、ヒトとの諍いを煩わしく思っている上位竜たちも、ベルランの旅立ちには落胆したのだが、ベルラン自身は己の能力にまだ気づいていない。


 さて、セイレスト領のように『結界に護られた領地』を訪問したい場合は、結界の出入り口として設定されている検問所を通れば問題なく入ることができる。

 逆の場合も検問所を通れば、問題なく領地から出ることができる。


 ただし、それはヒトの場合だ。


 巨大な竜はその巨体故に、検問所の門をくぐることはできないので、自力で結界を越えなければならない。


 通行を認められなかった場合は、結界にはじかれてしまう。

 竜騎士を乗せている竜だからこそ、結界を越えることができるのだ。


 上位竜ならば小さくなって――小竜に変化して――主人と共に門をくぐるという方法もあるのだが、上位の竜になればなるほど[順番待ちが嫌だ][並びたくない][衛兵にジロジロみられるのは嫌だ][こんな理由で小竜になるなんて、めんどくさい][屈辱だ]といった理由で、門をくぐるのを嫌がるのだ。


 まあ、世の中には『規格外』というものも存在する。


 検問所を利用せずに結界を越えるヒトもいれば、結界を易々とくぐり抜けてしまう上位竜も存在するので、結界を過信するのはよくない。

 結界は少しの衝撃で簡単にほころびが生じる。いずれは破られるもので、永遠でも絶対のものでもない、とセイレスト辺境伯――ベルランの父親――は語っていた。


 竜での結界越えはベルランにとって初めての体験だった。

 実際に竜の背に乗って、結界の壁をすり抜けることによって、ベルランは父の言葉を正しく理解することができたのである。

 

 ミルウスが手綱を軽く引くと、竜の首が天を見上げ、ゆっくりと滑るように上昇していく。


「セイレストの結界から出たら、帝都まではこの高度と速度でいく。覚えておくんだぞ。特別な理由がない限りは、この高度の魔素が竜たちには一番安定していて、流れもいい。乗り手にも竜にも負担がかからない高さだ」

「わかりました」


 景色の流れが急に速くなった。


 だが、ベルランの頬に触れる空気の流れに変化はない。


 この高度で、このスピードならば、もっと風の抵抗を受けるはずだが、騎竜の背中はとても穏やかだった。


 前世の世界の感覚で例えるのなら、自転車に乗り、緩やかな坂を下っているという感覚に近い。


 風の抵抗がない理由は、騎竜が空を飛ぶときは、竜騎士と自身を護るための結界をまとっているからだ。

 騎竜の結界のおかげで、風の抵抗や高度による空気や温度の変化の影響を受けずに、空を自在に飛ぶことができる。


「この後の難所といえば、帝都の外壁結界と内壁結界、それから上級学院の結界だな。外壁結界と内壁結界はかなりキツイぞ。上級学院の結界は、セイレストの結界と同レベルだ」

「結界越えのコツはつかめました」


 ベルランの返事に、ミルウスは「それは頼もしいな」と笑う。


「空から見下ろす景色はいいぞ。だが、慌てなくても、これから先、嫌というほど見るようになる」


 ミルウスの声に、ベルランはゆるみかけていた両腕に力を入れた。


「そうそう。振り落とされないように、到着までしっかり捕まっていろよな」


 楽し気なミルウスの声が聞こえた。

 見た目だけなら、兄弟と主張してもなんら違和感のない、若い容姿と思考回路をしている。


 ベルランは再び後ろを振り返り、己が十八年間生まれ育ったセイレスト辺境領を眺めた。


 空に黒い大きな影が見えた。

 距離と大きさからして、翼竜(ワイバーン)ではなく、野生竜が数匹、空を飛んでいるようだ。


 争っているようにも見えるが、まだ若い竜のようなので、遊んでいるのだろう。遊びながら、いざという時の闘い方を学んでいくのだ。


 ベルランは空から視線を落とし、地上を見下ろす。

 といっても、ほとんどが森と山だ。


 セイレスト辺境領には、竜の群れが飛んでいる青い空と、緑色の大地の二色しかないといってもいい。


 視界に収まる範囲に、『ヒトの集落』は見あたらなかった。


 国境付近には帝国の威光を示すための巨大な砦や城塞もあるが、ここからでは遠く離れすぎており、肉眼で確認することはできない。

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2024年9月28日 07:03 毎日 07:03

田舎の竜騎士見習いは帝都の空で愛を狩る〜大自然に囲まれてのんびりしてたら帝都の学院に放り込まれた〜 のりのりの @morikurenorikure

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