第4話

 昔、少年がもっと幼い頃。

 少年はある戦場で中年の兵士と出会った。

 その男は少年の姿を見ると取り乱し、涙を流した。


 息子と同じぐらいの男の子が戦争をしている、と。


 少年は男の言うことの意味が分からなかった。

 男はいろいろな話をした。

 昔、昔の記憶だ、彼は全ては覚えていない。


 だが、この言葉だけは何故だか心に刻まれていた。


 "いつか、学校に行けるといいな。

 あそこだったら友達がいっぱい出来て、平和に楽しく暮らせるんだ。"




 ◇


 ハンナの振りかざした模擬剣が、ハインドを捉えかける。


「惜しい、あと少し!」

「時間の問題だ、クソ教師!」

「ハンナさん、頑張って!」


 猛攻を続けるハンナに対し、ハインドは反撃の隙すら見つけられず、決着がつくのは時間の問題……のように見える。


 だが、当の本人の思っていることは正反対だった。


(お願い、当たって……!

 ……どうして当たらないの……!?

 ここまでしても……!)


 ハンナの肉体、何より精神は悲鳴を上げていた。

 今まで、培ってきた全てを出してもまるで歯が立たない。

 剣は空を切り、時にハインドに迫る、が、それだけ。

 外部から見れば、ハンナの剣はハインドの懐まで迫っているように見えるが、実際には、剣の軌道を完全に見切られ、最低限度の動きで回避しているからそう見えているだけだ。


 彼女の全身全霊の技を目の当たりにしても、ハインドの表情は一切変わらない、それが神経を逆なでするのを通り越して、恐ろしい。

 最早、彼女の当初の怒り、葛藤の理由を思い出す余裕などない。


 それに加えて、ハインドは例の裁縫スキルを使っていない。

 まだ、反撃すらしてきていない。

 その事実が恐ろしくて、恐ろしくてたまらない。


 一方、この男は手を抜いているわけでは無い。

 一対一、時間制限・作戦制約は無し、どうであれ目標を確実に仕留める事。

 全ての条件を加味して、相手の体力をすり減らし、確実に仕留めることを決めていた。


(次は――左。

 ……次で決める。

 腹部への蹴りで、腸と肝臓をやる。


 次で殺す)


 一撃で仕留めるタイミングを計っていた。

 いや、勝利しようとしていた。


 この帝国での古典的な決闘の勝利条件、降伏、若しくは対戦相手の死。

 そもそもこの時代における決闘というものは、半ば儀式的なものだった。

 基本的に対戦相手の敗北宣言を待つか、勝敗が決まったも同然になった時に高らかに勝利宣言をし、ギャラリーに認めさせる。

 そうして、自らの主張・正義を認めさせる……それが現代の決闘だ。

 それに加えて、彼は幼少期から戦場を渡り歩いてきた生粋の軍人。

 彼は主張や正義、プライドなんてものは求めていない、

 物心ついたときから、彼が求め続けているのは……勝利。


 ……いや、流石に殺しはしない。

 もちろん手加減する。

 あくまで、本当に仕留めるつもりで戦っているだけだ。


「はぁっ……はぁ……はぁ……。

 やぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」


 尚も諦めずに戦い続けるハンナが繰り出す渾身の連撃。

 それを避けるハインドが大きく体勢を崩した。


(……今なら……!)


「やっちまえ!」「そこだ!」「頑張れ!」


 先程までの苦戦、大歓声、待ちに待ったチャンス……彼女は勝利を確信しかけた。確信しなかったのは、彼女が持って生まれたスキルだけではなく、鍛錬を積んだという証なのだろう。


 剣を振り切る直前、彼女と彼の目線が交錯した。

 追い詰められている筈のハインドの眼は捕食者の目をしていた。

 そして、彼女の腹部へ蹴りが迫っていることにハンナは気が付いた。

 その瞬間、ハンナは恐怖で剣を手から滑り落した。


「こ、降参するわ……降参します。

 降参です、ま、負けました。

 ごめんなさい。


 こ、殺さないで……」


「……え?どうして?」

「拾えば勝てるって何で!?」

「おい、今更、教師が怖くなったのかよ!」

「そりゃないぜ!」


 好き勝手に騒ぐ外野、だが、彼女は自分の判断が間違っていなかったことを確信した。彼女のスタイルの良い腹部、その僅か数ミリ手前にハインドの蹴りはもう触れたいたからだ。

 蹴りを目視することすら敵わなかった。

 自身の無力さ、そして、恐怖から彼女はその場へとへたり込んだ。


 ハインドは意外にも関心した。

 自分の実力を過信し、引き際すら分からない馬鹿であほなテロリストよりも、余程の才能を感じたからだ。

 ハンナには自分の力を過信した罰として、2,3日は寝込んでもらおうとしたが、ハインドはその判断に免じて、足を降ろした。


 と、思いきや、次は芝居がかった口調の男が乱入してきた。


「これだから、庶民は。

 教師の権力が恐ろしくなったのかい?

 愚かだけど、愛らしいね。

 しかたがない、本物の権力と言うものを僕がお見せしよう」


 外野からパトリックという金髪の裕福そうな少年が歩み出た。

 

「変なの倒したら、もっと変なのが出来たぞ」


 ハインドは、戦場も学園もそんなに変わらないのだなと感じた。


 


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戦場生まれの最強糸使いが学園にやって来た @flanked1911

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