第3話

 ふざけないで。

 そう声を上げたのはこのクラス随一の美少女にして、優等生である少女、ハンナであった。


「拾いなさいよ、早く、さぁ!」


 彼女は同い年、いや、下手したらそれ以下の新任の教師に苛立ちを隠せなかった。

 当然、それがおかしなことだからという怒りもある。

 だが、彼女には怒れる理由があった。

 このフランカー帝国第二学園は、貴族と庶民分け隔てなく、共に一緒の学び処で学べる数少ない学園だ。

 ……表向きはだ。

 実際は庶民にとっては到底払えないであろう高額な入学料。

 彼女は貧しい村の生まれ、だが、類まれな剣術の才能を持っていた。

 だが、こんな村では彼女の才能を腐らせてしまう、そう考えた村人たちは己の僅かな蓄えを差し出し、彼女をこの学園へと送ったのである。


 彼らの為にも、強くならなければいけない。

 そして、騎士団、やがては国中に名をとどろかせる英雄となり、故郷の人々のような貧しい人たちの地位を向上させる。

 それが、彼女の夢だったのだ。


 そんな中、少年にしか見えない教師がやって来たのだ。


 彼女はそんなハインドを睨みつける。


「怖いの、私が?

 それはそうでしょうね、見なさい!

 この剣を!」


 周囲はどよめき声をあげる

 ハンナの剣術スキルにより、彼女の剣が燃え上がり、光り輝いたからである。

 彼女はこのスキルと、鍛錬を積んで鍛えた剣技で他を圧倒してきたのだ。


 だが、当の本人、ハインドはそれを見ても、一切動じない。

 

「……何よ、なら、あんたの剣を見せてみなさい」


「剣はあまりつかえないんだ」


 教室中に怒りの声と笑い声が響く。

 特技、若しくは切り札となる魔法が無いなんて、この学園の生徒には殆どいないからだ。


「ふざけているの?

 魔法が使えないだなんて、努力不足にもほどがあるわ!

 ……いいわ、スキルで戦うのね。


 見せて」


「……これだ」


 皆が、一体何をと静まり返る中。

 彼は手から糸のようなものを出し、それを空中で蝶々結びにした。

 予想外の行動に、教室が静まり返る中、ハンナは場違いにもこんなことを思った。


(……器用ね)


 だが、彼と彼女を差し置いて、教室中は爆笑の渦に包まれた。


「ギャハハハハハハハ! みたかよ、あれ!」

「裁縫スキルか! おままごとでもしてきたんでちゅか!?」

「魔法も駄目、スキルも駄目……どんな惨めな人生送って来たんだこいつ!」

「「「「アッハハハハハハハハ!」」」」


「えっ……ちょっと、皆やめ――」


 ハンナはクラスメイト達のあまりの罵詈雑言止めようとした。

 彼女が望んでいたのは弾劾であるも、理不尽な誹謗中傷では無かった。 

 ハンナの怒りのボルテージは急激に冷やされた。


 だが、当のハインドは少しうるさそうに顔を顰めるだけだった。

 膝をついてゆっくりと手袋を拾う。


「どいつもこいつも、何が言いたいのか分からないが、

 あんたは戦いたいんだろう、俺と?」


 ハンナは自分が負ける筈がないと思いつつも、早合点してハインドに戦いを挑んだことを後悔していた。

 ハインドは獲物を目の前にした狼のようなギラギラとした目をしていたからだ。


 ◇


「いいですか、ハインド先生。

 決闘に敗れた場合は、即刻、この由緒正しき学園から出て行ってもらいます!」

 元の担任は、同僚である彼を一切擁護しない。


「そうだ、やっちまえ、ハンナ!」「ハンナさん、頑張って!」


 ハンナは声援にぎこちなく頷きながらも、口の中に苦い感触を味わっていた。


(寄ってたかって一人に……。

 これじゃあ、まるで入学した時に私が貴族から受けた虐めじゃない……)


 こんな筈ではなかった。

 だが、それとこれとは話が違う。

 ハンナは強くならなければいけない、その為には強い師の元で学ばなければならない。


(そうね……ここで負けるわけにはいかない。

 彼を教師として認めるわけにはいかない。

 でも、私が勝った後に、謝らないと、それから……)


「ハンナだったか?

 その、せんせい……?として、早速一つ教えてやろう」


「私はあなたを認めるわけには……」


「戦う前にごちゃごちゃ考えるなよ」


「えっ」


その時、教師が手を振り下ろした。


「では――始め!」



 




 

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