第2話

「……学校?」




「ああ、教えてなかったか。

 ガキどもを教育する場所だ」


「あ、ああ……いや、そのぐらいしか知らない。

 えっと、それのきょうし……先生だったか?」


 ハインドは困惑を隠しきれていない。

 当然だ。

 彼は学校と言うものを知らないからだ。

 いや、何も知らない。

 物心ついたころから、彼はこの部隊に拾われていた。

 戦争が日常、文字通り、戦場で生まれ、戦場で生きてきた男。

 知っているのは、人殺しの方法くらいだ。

 だというのに、彼は教師になれと言われた。


「わかった。そこに排除すべき敵がいるんだろう。

 了解、サーチ・アンド・デストロイ……。


「待て待て。話を聞け。

 恐らく敵はいないさ。


 人々が言う平和と言うものを感じ取ってくるがいい。

 ……私にとってはくそったれなものだが。

 正直、お前にとってその世界は心底下らないと思う。

 勉強だ、お前の戦闘力と世間に溶け込む能力があれば、優秀な諜報員になれる筈だ

 更に強い兵士になれるぞ」


「強い兵士……!」


 ハインドの目が輝いた。

 強くなりたい、強くなれば上手く人を殺せるから、人を殺せば、皆が自分のことを認めてくれるから。

 戦場で育った彼の精神は少しだけおかしかった。


 それに加えて……。


 ハインドは思い返していた。

 以前、何処かで野営した時に見えた、名前も知らない町。

 暗闇に灯された街並みと人々。

 それにハインドは温かな、幻想的な何かを感じていた。

 だからこそ、得体のしれないそれに憧れていた。


 翌朝、彼はそこに向けて旅立った。


 ◇


 山を越え、川を越え、途中おそってきた粗末な盗賊を縛り上げて……フランカー帝国の帝都の外れへとハインドは到着した。

 そこのそこそこの広さの学園が彼の新天地だった。

 フルクラム学園……この世界では勉学を学ぶことも基本だが……それ以上に剣術、魔法の鍛錬が盛んだ。

 勇敢で立派な騎士に成ること、それが多くの子供達の夢だ。

 騎士と軍事はちょっと違うのだが、まぁあまり気にしなくていい。かっこいいのは騎士の方だ。


 それよりも、迎えに来た教師は挨拶もなしに、ぶっきらぼうについて来いとジェスチャーし、無言を貫いている。

 戦場で生きて来た……だから、こそ彼は人の感情を読み取ることが出来る。

 だが、日常を知らない彼には思惑は読み取れない。

 そう、常識を知らなければ、本当に何もわからないのだ。


「それでさ……」「ああ、本当あいつってのろまだよな」


(子供の声……。

 驚いた、子供が多いとは聞いたが、ここまでいるだなんて、凄いところだ。

 ……まあ、戦場にわんさか子供が居てもあれか)

 ある教室に近づいたところで、引率の教師が教室の扉を開く。


「皆、静かに」


「誰、あの横の子?」「あれ、タイプかも……」「でも、貴族じゃないみたいだ」「ちっ、庶民が増えすぎだ……」


「挨拶……ハインド先生、早く挨拶を」


 またしてもぶっきらぼうにそう告げられたハインド。

 彼は少し困惑しつつも、それに従った。

 先駆者の言うことは聞いておけ、それは戦場でも同じことだった。

 教師のすすめという道中で購入してきたハンドブックを覗き見ながら、自己紹介を行った。


「初めまして。

 俺は――、自分はハインド・ハボック、ここの教師、いや違うか、担任として此処にやって来た。

 よろしく――」


「えっ……冗談でしょう?」 「ちょっと滑ったな」 「あ、あははは」


 彼の自己紹介を遮るように、広がる困惑の声。

 ハインド自身も何故、なんで遮られたのかと困惑する。

 そこで、溜息をついて、引率の教師が厭味ったらしく大きな声で宣言する。


「はいっ、これは本当の事です!

 彼は、お偉いさんからの指示で、飛ばされてきた正式な教師です!

 もちろん、君達と同い年の教師なんて言うのはあり得ませんが、驚いたことに彼と君たちは同い年です!」


「ああ、説明どうも」


教師が説明を変わってくれたと、ハインドは素直に礼を言うが、




「は!? それって……!?」「お偉いさんから……入学的な!?」「先生が入学!?」「そういうことか、此処の教師になれば箔が付くから!」「どういうことか、説明しなさいよ!」


 困惑は弾劾の声へ。

 ハインドは目を丸くした。

 何故、教師と生徒が同い年だといけないのか、それがおかしなことなのか。

 よくわからなかった。


「……ふざけないで!」


 教室の殺気立った空気を掻き切るように、一際、凛とした声が響いた。


 ハインドの髪をもっと鮮やかにしたような色彩の髪を持つ、幼さが残るも凛とした表情を見せる少女がそこに居た。


「私はおふざけの為に此処にいるんじゃないの!

 あなたが何が目的でここに来たのかは知らないけど、私は強くなるの!

 私が確かめてあげる――決闘よ!」


 少女は自らのしていた手袋をハインドに向けて勢いよく投げた。

 その瞬間、困惑していたハインドの目つきが鋭いものへと変わり、口元には笑みが浮かんだ。


「面白いことをする」

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