5. 時の果てに




 夏休みが明けたとき、先輩は部室にこなくて。

 学校からいなくなってた。




 親戚のいる遠い土地へ転地療養するって噂。

 回復はのぞめないって噂。


 余命がどうとかいう話を耳にしたときは、噂だけで人間は心臓が潰れそうになるんだって実感した。




 先輩と、おれが行かなくなって、やる気のない顧問だけが残った部活は、あっさりと休部になって。

 あの二泊三日が、高校時代の最初で最後の合宿になった。






 いつの間にか、夕日は海へしずむ寸前。

 海そのものの色までも、燃える赤から紫へ、藍色へ、やがて黒へと沈んでいく。




――― 人魚の肉を食べたモノは、不老不死になるんだよ。


――― ずっと、ずっと生き続ける。きっと、この海で。




 先輩。

 あんたは、そこにいるんだろうか。

 闇色に沈んでゆく、あの海の暗い底に。


 たゆたう水に、髪をふわりとなびかせて。深い闇に白い肌をかがやかせて。

 腰から下を、あの、何だかわからなかった肉をもった生き物へと変じさせて。




――― 約束しよっか。


――― 何百年かたったときに、またこの海で会ってくれるよね。




 あのバーベキューの夕暮れに、ふたりで食べたあの肉が、ほんとうに不老不死の薬なら。

 数百年の時の果て、深くゆらめく海の果てで、また会うことがあるんだろうか。

 あの日の夕日の明るさを、夏の暑さを、コンロの煙の焦げくささを、笑いながら語りあうときが来るんだろうか。




 でも、まあ、とりあえず、最初に聞くことがあるとしたら。




「ほんとに、アレ、なんの肉だったんだよ、先輩」




 もうはっきりとは覚えていない、あの肉の色を思い返しつつ。

 海へと言葉をほうり投げた。




《了》

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千年比丘尼 武江成緒 @kamorun2018

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