転章~失われた空
失われた空 大エンドア湖上空 共和国協定千四百四十七年葭始生
セメエはというか、マジンが連れてきた秘書たちは飛行船ステアの定針儀の前に座りたがった。それは、飛行船で最も左右の空間が広く見渡せる位置でもあるし、手元に飛行船の状態のすべてが集まっている表示板があるからでもある。
艦内に何ヵ所か地図と高度を示した航路表があるのだが、そのおおもともある。
つまるところ一番いい席として定針儀の席は認識されているということである。
そして実際に彼女たちの思う通り、ステアの機能のほぼすべてはその周辺に一旦集まっている。
だからこそ、衝立山脈の聖別された聖地の南方を通過している時に航路が乱されたときセメエは自分自身の失敗をまず疑った。
この地域は山脈地形と季節風で複雑なうねる波のような風が吹く。その高さが微妙に変わるので高度の調整を事前に地吹雪を参考におこなう必要がある。事前の最悪想定では船体が横転することまで想定されていた。
そういう説明があったことを思い出したのだ。
では北側。
となると、鉄道がひとたび往復するようになってしまうと、あまり大っぴらにしたくない機材ということでもある。
「なんだろう。上部電探に反応があったことになってる。落着物?隕石かな」
コワエが記録を確認しながら言った。
「第七気嚢減圧」
「第七気嚢系閉塞。浮力分配再計算中」
「珍しいね。気嚢が破れるなんて」
「第六気嚢減圧!」
「第六気嚢系閉塞。浮力分配再計算中。どういうこと?」
コワエとセメエが流石に事態の異常さに気が付く。
「何だか知らないが攻撃だな。どこからだろう。電探は最初の一回だけか?」
操作盤での二人の騒ぎに気が付いてマジンが割り込む。
いずれその程度のことはあるだろうとマジンは想定はしていた。
「はい」
なにものかのステアへの攻撃は今のところ事前の対策が上回っているが、無視もできない状態なのは間違いない。
「ボクがちょっと見てくる。お前たちはお客様を救命船にご案内しておけ。お時間のかかる方やお荷物の多い方も多いからな」
マジンが指示を出すのに秘書たちもあわてて動き始めた。
上層気嚢構造部にゆくと一人の男が四つ目の気嚢を破壊し終わったところだった。
「なかなかいい飛行船だ。いくつつぶせばへし折れるかと思って試していたが、まだへし折れない」
「最適被害の上では上で四つ下で四つ残っていれば船体は支えられ推力で中立浮力を保てることになっている。ペイロードは空気も同然だ」
「じゃぁ。戦おうか」
「教えてほしい」
「——お前が何者なのか」
「帝国のサムライだ。お前がゲリエマキシマジンだろ。城みたいな大きな乗り物に乗ってるって評判だからどんな奴かと思っていたら、案外ちょろくて驚いたぜ」
帝国のサムライと名乗る男が口を開いている間に、マジンの刃がサムライの得物を片手もろとも打ち砕く。
「大したことないな。これでは手の内をさらすまでもないじゃないか」
そのまま首が手足が飛ぶ。
マジンの無礼をなじる間もなく、襲撃者の一人が死んだ。
マジンが背後を振り返ると鎧武者が一人。
「推薦があったから連れてきたが、騒がしい男で恥ずかしい限りだ。此度の転封の御稜威の成行きを終えたかどうか見定め内裏に言上仕る必要があったのでね。ことの最期に大仕事をしてくれた、この白い飛行船の出来を確かめに来た」
「名前を聞いておこうか」
「イヤナギ・ジュウロウ・イフウエモン。こちらもいちおう言っておこう。ゲリエマキシマジン。帝国に下るならこれまでの罪は許される」
「何の罪だ」
「人類に対する反逆罪」
「バカバカしい。帝国はそんな寝言を言って戦争を仕掛けているのか」
「人類文明は帝国によって正しく健やかに導かれる」
「魔族が支える文明なぞ硬直するに決まってるだろうに」
ヒトで言えばヒザの位置から刃が飛んでくる。イヤナギと名乗ったサムライなる者は少なくともマリールの鎧と同程度の魔族だった。
トラスの陰から打ったつもりだろうが、音が響いた結果としてわかりやすく狙いが見える。
首を狩りに来た刃を切り返して押し戻す。
イヤナギは全身からトゲをはやすが間に合わない。
一刀振り下ろす。重たげな音がしてイヤナギの膝から下がもげた。
だがイヤナギは構わず立ち上がる。白い脛が瞬く再生していた。
「なるほど。魔族だ」
そういう間に、兜を断ち割ってやると中から色の白い面相の男の顔が出てくる。
「失礼な言い草だな。そうだとしておまえが魔族でないわけもあるまい」
そのイヤナギの言い分にマジンは苦笑する。
「あんたは魔族だろ」
「帝にかしずくサブライにあまり無礼なことをいうなよ」
魔族というワードはイヤナギの中の何かに触れるらしい。
「帝国貴族に連なる者が魔族なるものであるはずがない」
「一太刀で死ねないサムライは無様だな!」
「ぬかせ!」
そういうイヤナギの首をマジンがはねるのは既に三回目だった。
イヤナギの動きが悪くなる一方で剣技と速度でマジンが圧倒しているのは明らかだったが、そのイヤナギの周辺が異様な熱を持つようになってきた。
死兵の様な不吉さを感じる。
もはや最初から勝ち負けの問題ではなかった。
一旦イヤナギから距離を取り船内電話を目指す。
かつてイヤナギだった意思を持つ雷球は気嚢もトラスも無視して進んでくる。
いや、さすがに気嚢による圧力変化と水素爆発とその後の真空には多少ゆらぐようだが、その程度だ。
耐熱材料でできていて減圧に対して敏感な水素バルブを使っているから、ステアは全艦がかろうじて甲高い音に殴られた響きで済んだが、秘書たちには実験室で水素爆発というモノについて事前の説明はしてある。
つまり、この音が響き始めたら、ステアの構造は悲鳴を上げているということだ。
「全員脱出船にお乗りいただいたら、新しい乗り物の空の旅をお楽しみいただけ。それはボクもまだ試していない最新鋭の飛行機械だ。とりあえず泥海に降りろ。バルデンを目指せ。無理に操作しないなら、勝手に水面に着水して勝手にうちの港まで流れ着くはずだ。たぶん四五時間ってところだろう。僕一人ならこの状態でもまだ何とかなる」
近場の電話機からマジンは脱出船に連絡をする。
「本当でしょうね。あなたは?」
「大丈夫だ。一人用の脱出具の類ならあるんだ。練習させてないからお前たちには使えさせられないけど。お前らがいると却っていろいろできない」
上部と下部の気嚢に挟まれるように存在していた船体中層部にあった薄い三角形の乗り物はゴンドラよりも二回りほど大きい。それを脱出艇というのは少々奇妙ですらあるが、幾分かは最初から金庫のような輸送機器としての意味合いがあるからでもある。
「まさか、帝国がいきなりサムライを送り込んでくるとは」
「いや、ゲリエ卿の引き渡しを要求していたとも聞いてはいる」
そんなふうに客室内ではざわめく中でローゼンヘン館の秘書たちはベルト状態を確認して巡回して歩いていた。
秘書たちが席に着くと脱出船の降下シークエンスが始まった。窓の外のトラスが滑るのを数秒眺め、雲海に影を落としながら奔るのを眺めていた。
脱出艇が無事滑り落ちるのを見届けたところで、イヤナギは少しづつ大きなアーク光の塊になっていた。そしてそのまま下に落ちてゆけばいいものを滑るように動き始めた。
二酸化炭素のバルブを探す。あれがこの飛行船で一番容量の大きな消火設備だ。
追ってくるイヤナギの背後の二酸化炭素のバルブを拳銃で打ち飛ばす。
首を斬り飛ばすつもりが、イヤナギがうろたえ姿勢を変えたことで間合いに腕しか残らない。
かまわず打ち飛ばす。
再生が遅い。
これまですぐに消えていた腕が消えない。
「なにをした。卑怯な。毒か」
「切っても死なない魔族が、卑怯な、毒か、もないもんだ。おおかたいっていのイオン雰囲気か温度が必要ってところだろう。どっちでもいいさ。とりあえず、お前はここで死ね」
もう一回イヤナギの首を飛ばしてやると今度は再生しなかった。
そしてしばらくすると大きめの魔血晶が残された。
一応航海甲板に立って状態を確認してみるが、もはや中立浮力は無理だった。というよりも、構造が限界で中立浮力を維持しようとすると構造がへし折れる。
もともと脱出船とそのリリースレールを構造の一部にしていたのだから、しかたない。
自沈させるとしてどこがいいか、計算上一応成り立っている降下装具だが使えるんだろうかとか、下に妙な生き物がいたら面倒だなとか、少し悩んでエンドアの森の湖にして脱出船甲板にでたところで、見慣れない人物がいることに気が付いた。
「もしよろしければ我が家にご招待しようと思うのだが、いかがだろうか」
四十がらみの紳士。学者というには場の殺気に対してあまりになめらかになじみすぎている。
どうあっても百戦錬磨のつわものであることは間違いない。
「失礼ですが、あなたのことを私は存じ上げないのですが」
「申し訳ない。私はフェーズ・フェリング。十五年来のあなたのファンなのです」
にこやかに応えた人物が何者かくらい世間に疎いと評判のゲリエ卿でもさすがにわかる。
「私が知っている通りの人物であれば、六十は超えているはずだ」
「むろん六十八ですな。若作りを指摘されることはありますが、秘訣ということもないのですが。それでお返事は」
「わたしも生活の秘訣は知りたい。お世話になりましょう」
「話に聞いていた通りの即断即決の方だ。結構。ではまいりましょう」
<転章>
石炭と水晶 或いは蛮族の城塞 小稲荷一照 @kynlkztr
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