【SFショートストーリー】「宇宙(そら)翔ける種」
藍埜佑(あいのたすく)
【SFショートストーリー】「宇宙(そら)翔ける種」
宇宙エレベーターのゴンドラが静かに上昇を続ける中、アヤは緊張した面持ちで窓の外を見つめていた。14歳になる彼女にとって、これが初めての宇宙旅行だった。
「アヤ、大丈夫かい?」
隣に座る祖母のミドリが優しく声をかける。
「うん……ちょっと怖いけど、楽しみ!」
アヤは小さく頷いた。
ミドリは孫娘の肩を抱き寄せる。
「私が若かった頃は、こんな風に簡単に宇宙に行けるなんて夢にも思わなかったわ。でも、それと引き換えに地球の自然はどんどん失われていってね……」
アヤは祖母の言葉に耳を傾けながら、徐々に小さくなっていく地球を見つめた。
緑が少ない……確かに学校で習った通りだ。
宇宙エレベーターのゴンドラが徐々に減速し、軌道上ステーション「エデン」のドッキングポートに静かに接続された。アヤは祖母のミドリの手を握りしめ、興奮と不安が入り混じった表情を浮かべていた。
「準備はいい?」
ミドリが優しく尋ねると、アヤは小さく頷いた。
エアロックの扉が開くと、アヤの目は驚きで大きく見開かれた。そこには、彼女の想像をはるかに超える光景が広がっていたのだ。
「わぁ……」
アヤは思わず息を呑んだ。
ステーション内部は、まるで巨大なドームの中に地球の楽園を再現したかのようだった。天井は高く、そこには本物の青空を思わせる投影が施されており、柔らかな光が空間全体を包み込んでいた。
足元には、みずみずしい緑の芝生が広がっている。アヤは靴を脱ぎ、おそるおそる一歩を踏み出した。柔らかな感触が足の裏をくすぐり、彼女は小さな悲鳴とともに笑い声を上げた。
「おばあちゃん、本物の草だよ! 本物だよ!」
アヤは興奮気味に叫んだ。
ミドリはにっこりと微笑み、「そうよ、本物なのよ」と応えた。
二人が歩を進めると、色とりどりの花々が目に飛び込んできた。赤、黄、紫、ピンク……様々な色彩が織りなす花畑は、まるで虹を地上に落としたかのような美しさだった。蝶々が花から花へと舞い、アヤは思わず手を伸ばしてそれを追いかけようとした。
「あっちを見て、アヤ」
ミドリが指さす方向に目をやると、そこには背の高い木々が生い茂る小さな森があった。樹皮の質感、葉のそよぐ音、木洩れ陽……すべてが本物そのものだった。
アヤは木々の間を駆け抜け、その向こうで驚きの声を上げた。
「おばあちゃん、川があるよ! あたし初めて見た!」
確かに、そこには清らかな水をたたえた小川が流れていた。水面には光が反射し、キラキラと輝いている。岸辺には小石が並び、水の中には小魚の姿も見える。アヤは靴下を脱ぎ、恐る恐る足を水に浸した。
「冷たい! でも気持ちいい」
アヤは笑顔で言った。
ミドリも孫娘の隣に座り、共に足を水につけた。
「本当ね。懐かしい感触だわ」
アヤは周囲を見回し、深呼吸をした。空気は新鮮で、かすかに草花の香りがする。鳥のさえずりが聞こえ、どこからか虫の音も聞こえてくる。
「おばあちゃん、ここって……昔の地球の自然そのものなんだね」
アヤは感動に震える声で言った。
ミドリは孫娘の肩を抱き、「そうよ、アヤ。これが私たちの故郷の本当の姿なの。そして、いつかまた地球をこんな風に戻すのよ」と語りかけた。
◆
アヤとミドリは、宇宙ステーション「エデン」の生態系ドームに足を踏み入れた瞬間、地球とは思えない光景に息を呑んだ。透明なドームの天井からは柔らかな光が降り注ぎ、まるで太陽の光のように温かい。
「わぁ……すごい!」
アヤは目を輝かせながら周囲を見回した。
ミドリは孫娘の反応に微笑みながら説明を始めた。
「ここでは、地球で絶滅したとされる動植物を最新のバイオテクノロジーで復活させているのよ」
二人が歩み始めると、足元から小さな青い花が顔を覗かせた。
「これは何? 見たことない花だよ」
アヤが屈んで花を覗き込む。
「ハワイアン・ブルーベリー。21世紀初頭に絶滅したとされる植物よ。DNAを再構築して蘇らせたの」
アヤは驚きの声を上げた。
「すごい! ……っ!?」
その時、彼女の言葉は途切れた。
目の前の木の枝に、見たこともない鳥が止まったのだ。
オレンジ色の羽と青い頭、長い尾羽を持つその鳥は、アヤを好奇心いっぱいの目で見つめていた。
「あれは……」
アヤが息を呑む。
ミドリが優しく答えた。
「フウチョウよ。かつてニューギニアに生息していたけれど、環境破壊で絶滅してしまった鳥。ここで再び命を吹き込まれたの」
フウチョウは美しい鳴き声を響かせると、華麗に飛び立った。
二人が歩を進めると、小さな池が見えてきた。その中で、奇妙な形の魚が泳いでいる。
「あの魚、手みたいなヒレがあるよ!」
アヤが指さす。
「よく気がついたわね。あれはシーラカンスという古代魚よ。一度絶滅したと思われていたけど、20世紀に再発見された生きた化石なの。でも、21世紀末には再び姿を消してしまった。ここでは遺伝子工学を使って、より環境適応力の高い個体を作り出しているのよ」
アヤは次々と質問を投げかけた。
「どうやって絶滅した動物のDNAを手に入れたの? 倫理的な問題はないの? 地球に帰すことはできるの?」
ミドリは孫娘の立て続けの質問に嬉しそうに答えた。
「氷河や琥珀に閉じ込められたDNAを使うこともあれば、近縁種から再構築することもあるわ。再構築の際は倫理委員会で厳しく審査されているから安心して。そして地球の環境が整ったら、少しずつ戻していく計画なのよ」
二人が歩を進めると、小さな原っぱが広がっていた。そこでは、背の高い鳥が優雅に歩いている。
「まるで、絵本から飛び出してきたみたい……」
アヤがつぶやく。
「ドードーね。17世紀に絶滅したとされる鳥よ。飛べないけれど、とても知能が高いの」
ドードーは二人に興味を示し、首を傾げながら近づいてきた。アヤは恐る恐る手を伸ばし、その柔らかな羽に触れた。
「温かい……生きてるわ、この子」
アヤの目に涙が光る。
ミドリは孫娘の肩に手を置いた。
「そうよ、生きているの。私たちの過去の過ちを正し、失われた命を取り戻す。それが【エデン】の使命なのよ」
アヤは決意に満ちた表情で言った。
「私も、このプロジェクトに参加したい! 失われた自然を取り戻す手伝いがしたい!」
ミドリは優しく微笑んだ。
「あなたの世代が、私たちの希望よ。きっと、素晴らしい未来を作り出せるわ」
二人は「エデン」の中を歩き続けた。かつて失われたと思われていた生命の鼓動が、この宇宙ステーションに満ちていた。それは、人類の過ちと希望、そして未来への可能性を象徴しているかのようだった。
滞在最終日、アヤは決意を胸に秘めてミドリに告げた。
「おばあちゃん、私、ボタニストになる。そして、この美しい自然を地球に戻すお手伝いをするわ!」
ミドリは孫娘を抱きしめ、目に涙を浮かべた。
「あなたのような若い世代が、失われたものを取り戻そうとしてくれている……。それが私たちの何よりの希望なのよ」
帰りのゴンドラの中、アヤは小さな種を大切そうに握りしめていた。それは「エデン」からの贈り物だ。近い将来、この種が地球で芽吹き、新たな生命の循環を生み出すことを、アヤは信じていた。
地球に帰還した二人。アヤは空を見上げ、まだ見えない「エデン」に向かって手を振った。
「待っていて。必ず戻ってくるから。そして、地球をもっと美しくするから」
アヤの瞳に、希望の光が輝いていた。
(了)
【SFショートストーリー】「宇宙(そら)翔ける種」 藍埜佑(あいのたすく) @shirosagi_kurousagi
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