第2話 朱(あか)の鳥と巫女は舞う

 私は幼い頃から、南の方角を守る朱雀様に仕えていた。


 母や妹の三人で朱雀様の祀られた祠を守っている。父はいない。今から、五年前に亡くなった。それ以来、祠を頻繁に三人で訪れている。今日も周りに生えた草をむしったり、竹箒たけぼうきで掃き清めていた。祠自体を水で濡らした布で拭いたりもする。


「……朱奈しゅな鈴花すずか。いつも、悪いわね」


「母さん、私達は嫌だとは思っていないから。ね、すず?」


「うん、そうだよ。父さんの代わりに祠を守るって皆で決めたでしょ!」 

  

 私や妹の鈴花が答える。母は嬉しそうに笑った。ちなみに、母が白装束姿なのに対し、私と鈴花は白い長衣ながぎぬに紅い袴姿だ。と言っても、コスプレではない。あくまで仕事着として、普段から着ていた。


「さ、草むしりも終わったし。そろそろ、家に帰りましょう」


「はい」


「分かった、もうお昼だね」


 軽く後片付けをして、社務所に向かう。ここには小さな冷蔵庫があり、中にはお茶のペットボトルやお弁当が入れてある。とりあえず、社務所の外にある洗い場で手を洗った。そうしてから、冷蔵庫の中にあるお弁当などを出す。まあ、社務所で食べてもいいんだが。母が嫌がるので自宅にて食べるようにしていた。机の上にあったトートバッグにペットボトルやお弁当箱を仕舞う。母や鈴花も同じようにする。社務所を後にしたのだった。


 祠はこじんまりとしているが、小高い丘の奥まった場所にある。だから、自宅に帰る際に緩やかな坂道を下る必要があった。今は九月の中旬だが。まだ、残暑が厳しい。ミインミインと蝉がうるさく鳴く中、私はゆっくりと歩く。


「……やっぱり、暑いね」


「うん、早く秋らしくなってほしいよ」


「本当にね」


 母は無言で歩くが、代わりに鈴花が答えた。やはり、じわりと首筋などに汗が滲み出る。ふうと息をはきながら、坂道を下った。


 自宅にたどり着き、私は先に台所に行った。トートバッグを椅子の背もたれに引っ掛ける。二階にある自室に向かう。ドアを開け、中に入った。タンスに行き、引き出しから普段着の白いシャツに黒のスウェット、ベージュの靴下も引っ張り出す。袴の紐を解き、パサリと床に落とした。白の長衣も脱いだら、肌着類を身に着ける。シャツなども着たら、急いで自室を出た。


 台所に行き、お弁当箱やペットボトルを出し、ちょっと遅めの昼食にする。母や妹の鈴花も着替えに行っているようで台所は静かだ。私は包みを解いてお弁当箱の蓋を開けた。中には、色とりどりのふりかけが掛かったおにぎりに卵焼き、焼いたウィンナー、ポテトサラダ、沢庵漬けが盛り付けてある。いただきます、と両手を合わせてから、お箸を取った。おにぎりから食べ始める。自分で作ったお弁当は素直に、美味しいと言えた。完食したら、お茶を飲みながらゆっくりしたのだった。


 夕方になり、私は自室にてスマホをいじっていた。ちなみに、某小説サイトの作品を読み進めている。主人公は私と同じような神様に仕える巫女で現代の女子高生だ。彼女はある日に、不思議な声が聞こえて。不意に、和風の異世界に迷い込んでしまうというストーリーだった。名前は蓮花ちゃんといって、凄く明るくてしっかりした子だ。年齢は私より、六歳も若いが。はい、私は今で二十三歳だ。短大は卒業している。

 こう言う若い子から見ると、お……、失礼。ゲホゲホ、危うく口走ってしまうところだった。とにかく、高校生なら一番元気が良い時期だしな。羨ましいと言うか。私はしばらく、ネット小説を読みふけった。


 夕食を済ませ、お風呂に入る。ゆっくりとはできないが。仕方ないとは思っている。パパッと洗髪などを済ませ、浴槽に浸かった。


「ふう、いい湯だわ」


 つい、オジサンっぽく言ってしまったが。しばらく、浸かっていた。


 お風呂から上がり、服を着て

 。髪をタオルで軽く拭いた。そうしたら、ドライヤーで軽く乾かす。髪はショートにしているから、五分くらいでドライヤーのスイッチを切った。コンセントを抜いて元の場所に戻す。


「朱奈、お風呂はもう上がったの?」


「あ、母さん。上がったよ」


「そう、明日も早いから。もう、寝ちゃいなさい」


「分かった、おやすみ」


「うん、おやすみなさい」


 母に言って、自室に向かう。廊下で鈴花にも「おやすみ」と言った。返答してくれたので、笑顔で頷く。階段を上がりながら、あくびをしたのだった。


 夜の九時を過ぎていたので、明かりを消した。ベッドに入り、布団を被る。


『……ミコ、我に仕えし巫女

 』


 瞼を閉じた瞬間、高いとも低いとも言える不可思議な声が頭に響く。私はパチリと瞼を開けた。


「……ん?誰?」


『起きたか、巫女。我はそなたが仕えし者、名を朱雀。警告したい事があって声だけをそちらに届けている』 


「はい?」


『手短に言うぞ、そなたは悪しきモノに狙われている。巷で言う怨霊だ。用心したくば、我のいる祠には近づくな。しばらく、家にいなさい』


「……分かった、わざわざありがとうございます?」


『一応は理解したようだな、いいか?祠に行きたくば、相応の準備をするように。我の言葉を母御ははご妹御いもうとごにも伝えておけ。ではな』


 声の主もとい、朱雀様と名乗る謎の神様は言いたい事だけいって、通信を切った。私は混乱しながらもとりあえず、母や鈴花には伝えようと決めたのだった。


 翌朝、食事の最中に朱雀様から託宣があったと母や鈴花に言った。


「な、朱雀様から託宣?!しかも、怨霊ですって?」


「えっ、姉ちゃん。朱雀様とお話したの?!」


「うん、声しか聞こえなかったけどね。それで、怨霊が私を狙っているからさ。しばらく、祠には近づくなって言っていたよ」


「……そうなの、なら。今から、支度をしないとね!」


「うん、あたしも榊󠄀《さかき》やお札を用意する!姉ちゃんも神楽鈴を持ってるでしょ?」


「持ってるけど」


 おずおず頷く。母や鈴花に促されて、神楽鈴や必要な物を用意した。


 少し経って、三人で祠に向かった。もう、昼間の二時過ぎだからか、日差しが強い。ジリジリと火傷しそうなくらいには暑かった。けど、祠に続く坂道を上がる内に寒気を感じるようになる。何故かは分かる。朱雀様が言っていた怨霊の仕業だ。


「……確かにいるわね」


「うん、嫌な気配がプンプンするよ」


「朱奈、鈴花。気をつけなさい、いるわよ」


 私は持っていた榊󠄀の枝を強く、握りしめた。祠に辿り着くと、そこには真っ黒で大きな狼によく似た怨霊がいる。そいつを朱色や黄色、青など色鮮やかで美しい羽根を持つ巨大な鳥が飛びながら、睨みつけていた。


「あれは朱雀様!怨霊をはらうために、警告をなさってたのね」


「そうだったんだ、だから……」


「朱奈、考え込むのは後よ。さ、お札は持っているわね?」


「はい!」


「じゃあ、母さんが祝詞のりとを唱えるから。真似をしなさい!」


 母はそう言って、履いていたスラックスのポケットからお札を取り出す。素早く構えた。


「……ひふみよいむやな、ちろらね。こともちろらね、きよく浄しと申さん!」


『グルッ?!』


 怨霊は驚いたのか、固まる。母が持つお札から白や金の光が迸り、怨霊の体を縛る鎖に変わった。


『……クッ、スザクメ』


『我を恨んでも何も出ぬ、観念しろ』


「……ひ、ひふみよいむやな、ちろらね。こともちろらね。浄く浄しと申さん!!」


 咄嗟に、見様見真似で祝詞を唱えた。すると、母程ではないが。金や白の光が出る。それは新しい鎖になり、怨霊をさらに縛り付けた。


『ミコか……』


『そう、我が選びし当代の巫女よ。さあ、黄泉路にかえるが良い!』


 鳥もとい、朱雀様は母や私が出した金や白、さらにオレンジ色が混じったまばゆい閃光を怨霊に放った。それは怨霊の体を包んだ。少しずつ、奴の体は小さくなっていく。


『……オノレ、朱雀。忌々しい奴よ……』


『まだ、恨みごとを吐くか。いい加減に諦めろ。なら、我の仲間の青龍や白虎、玄武を呼び出そうか?』


『わ、分かった。黄泉路に戻る!ではな!!』


 子犬サイズになった怨霊は慌てて告げた。朱雀様は頷くと、最後に言った。


『ああ、さらばだな。エゾの神よ』


 怨霊は白い光と共に消えた。どうやら、黄泉路とやらに還ったらしい。私は母や鈴花と目線を合わす。三人で頷き合った。


「あ、あの!朱雀様、ありがとうございました!」


『む、巫女か。危ないから来ないように言ったんだが』


「な、祠に何かあったら。私達はそっちの方が嫌ですよ!」


『……まあ、それもそうだな。手助けしてくれたのは確かだし。ありがとう、巫女。それに母御や妹御よ』


「あら、こちらからもお礼を言わせてください。朱奈に警告もしてくださったとか、本当にありがとうございます」


「はい、朱雀様。姉を気に掛けていただき、ありがとうございます!」


『……いや、巫女は我にとっては大事な存在だしな』


 朱雀様は照れくさそうに言った。私や鈴花はつい、笑ってしまう。


『じゃあ、夕方も近い。そろそろ戻った方が良いな。また、明日に来てくれ』


『分かりました』


 三人で頷き、朱雀様に言った。こうして、別れを告げて。祠から自宅に戻ったのだった。

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四神の巫女 入江 涼子 @irie05

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