四神の巫女

入江 涼子

第1話 青き龍は巫女と相まみえる

 私は代々、龍に仕える巫女の家系に生まれついた。


 と言っても、仕えるべき神様はいないが。何でも、今から何百年も前にご先祖様に当たる巫女と恋仲になってしまって。それが原因で神様は消滅したとか聞いた。母が昔に、祖母から教えてもらったらしい。

 確かな事は分からないとも言っていた。私はそんな事を考えながらも、御札を作成するのだった。


「あ、玖美子くみこ。そろそろ、夕飯ができるわよ」


「母さん、分かった。ちょっと待ってて!」


 母が声を掛けてきたので、御札の作成を中断する。簡単に後片付けをして、一階の台所に向かった。


 私は両親と三歳上の姉との四人家族だ。ちなみに、父は年齢が七十歳で母が六十五歳で。姉は四十一歳で既に結婚している。まあ、旦那さんと二人の息子と一緒に離れで暮らしてはいるが。私は三十八歳だが、未だに独身だ。けど、家族からは結婚をせっつかれていない。

 何故か?

 簡単だ、私にはがいるから。旦那は普通の人には見えない。けど、息子は人間の血が混じっているし、何より生きている。つまりは実体があり、なおかつ肉体を持っているのだ。見かけは普通だが。


「……ママ、俺も行く」


「あ、諒太りょうた。一緒に行こうか」


 息子の名前は旦那でなく、私がつけた。ちなみに、旦那からの許可はもらっている。

 台所に着くと、母と姉がいた。私と諒太が来たのを見てちょっと驚いた顔をする。


「え、玖美子に諒君まで?どうしたの、いつもは別々に来るのに」


「俺が母さんを誘った」


「そう、諒君。お母さん達と一緒に準備をするから、お祖父ちゃんや離れの皆を呼んで来て」


「分かった」


「さ、霧子きりこ、玖美子。お碗と茶碗とお皿を取って来たら、テーブルに並べていってね」


『はーい』


 霧子もとい、姉と二人で食器棚からお椀などを持って来る。いつものように、テーブルに並べていく。母はお茶椀にお味噌汁、お皿などにおかずの赤目鯛あかめだいの煮付けや小松菜のお浸しを盛り付けた。


祖母ばあちゃん、祖父ちゃんや皆を呼んで来たよ!」


「ありがとう、諒君は手を洗って来てね。外に行ってたでしょう?」


「……バレてたか、分かった」


 諒太は素直に頷いて洗面所に向かう。私は姉や母と気まずげに、顔を見合わせた。


 実は諒太の実父はご先祖様が恋仲になった神様もとい、青龍様のいとこに当たる。ちなみに、龍の中でも上位クラスらしくてそれを知った時は非常に驚いたものだ。つまりは世間で言う龍神様で。

 確か、名前は内緒らしくて勝手に青龍さんと呼んでいた。私が彼と出会ったのは今から、二十二年程前だ。まだ、当時は十六歳で高校一年だったが。

 青龍さんとの間に諒太が生まれたのは八年後だ。私が二十四歳になる年の秋頃だった。

 諒太を出産する際、旦那が立ち会う事はなくて両親と三人で臨んだが。初産だったので出産予定日より、五日程遅れていた。近所でなく、遠方の産婦人科に入院する。かなりの難産だったとだけは言っておきたい。

 生まれた後、こっそりと青龍さんは会いに来た。


『……久しぶりだな、玖美子』


『やっと来たの、青龍さん』


『いや、その。仕事が立て込んでいてな』


『ふーん、せっかく可愛い赤ちゃんが生まれたのに。すぐに来ないなんて、信じられないわ』


『悪かったとは思っている』


 青龍さんは気まずそうにしながらも、近づいて来た。


『玖美子、君が私の子を生んだ事は両親に話した。凄く叱られたが』


『……そりゃそうでしょ、バカ龍が』


『いや、私も子は欲しかったんだ。まあ、両親からは「女龍の一柱でも嫁にと言ったのに」と言われたが』


 私はギロリと睨みつけた。青龍さんはちょっと、たじろいだ。


『私はもう帰る、ゆっくり休んでくれ』


『うん、二度と来ないでね』


 精一杯の怒りと嫌味を込めて告げた。うん、あんたの顔は見たくないし。無理矢理、私に迫って関係を持ったバカ龍め!

 憎たらしくてしょうがない。そう、胸中で毒づいていたら青龍さんはそそくさと帰って行った。私は病室のベッドに倒れるようにして眠りについた。


 諒太は私の実子ではあるが。さすがに、シングルマザーはまずいからと姉夫婦が養子縁組をしてくれた。だから、表向きは叔母と甥として接している。

 つらつらと考えていたら、父や義兄、甥の二人が台所にやって来た。


「お腹減ったな、母さん、玖美ちゃん。来たよ!」


「あー、良い匂い。金目鯛だな」


「ははっ、二人共。煮付けが好きなんだよな」


「お、らいじん。金目鯛が好きか、渋いなあ」


 最初が雷、次が仁、三番目が義兄、最後は父だ。諒太は四人の後ろからやって来た。


「あ、諒君。手は洗って来た?」


「うん、洗ったよ」


「じゃあ、夕飯を食べたら。学校の宿題をしてね」


 諒太は頷く。私が言っても素直に聞いてはくれるが。母程ではない。こうして、夕食になった。


 食事を済ませると私は自室にて、御札の作成に戻る。やはり、田舎だから静かだ。無心になって和紙に文字を書き込んでいく。しばらく、そうしていた。

 ふと、背後に気配を感じる。振り返るとそこには長い黒髪を一束ねに纏め、中華服を着た一人の超がつく美男がいた。ちなみに、中華服は淡い藍色で燐光が散らつく。


「……よう、玖美子」


「何しに来た、バカ龍」


 冷たく言ったら、バカ龍もとい、青龍さんは苦笑いした。


「あれから、十年以上が経ったが。様子を見に来た」


「……あんたに心配される謂れはない、とっとと帰れ」


「何でそんなにつれない事を、私はただ君が心配で……」


「私がいつ、心配してくれって言った!全部、あんたのせいだ!!」


「玖美子……」


 青龍さんは悲しげにこちらを見る。けど、私には忌々しいだけだ。こいつのせいで高校を不登校になり、退学せざるをえなかった。しかも、青龍は私に束縛術を掛け、監禁まがいの事までしたのだ。それは諒太が生まれるまで続いた。


「早く、失せてよ。あんたの顔はもう見たくない」


「分かった、玖美子。私は二度と来ない。誓うよ」


 青龍はそう言って、龍型になる。寂しげに振り返りながらも帰って行く。私は睨みつけた。青龍が去った後、悲しいやら悔しいやらで大泣きした。


 翌日、諒太と姉と三人でかつて、仕えていた神様のお宮に行った。瞼が腫れてヒリヒリするが、目深に帽子を被ってやり過ごす。


「怪しげだよ、玖美子さん」


「……放っときましょ、諒太」


 微妙な表情で二人は言ったが。構わずに、お宮に続く坂道をひたすらに進んだ。

 何とか、お宮に到着した。

 先に着いた私は持ってきたショルダーバッグから、お財布を出す。五円玉を二枚出し、お賽銭箱に投げ入れる。カコンコンッと音が鳴った。

 拝殿にある鈴の紐を揺らした。ガランガランと鳴らし、二回立礼する。柏手を鳴らしたら、胸中で願う。


(もう、バカ龍が来ませんように!)


 それだけを願い、拝殿から離れた。姉と諒太がやっと追いつく。二人も参拝している間に私はお宮から見える景色を眺めた。ぼんやりとしていたら、肩を叩かれる。振り向くと諒太がいた。


「ママ、こんな所にいたんだ。あの、寂しそうにしていたからさ。どうしたのかと思って」


「諒太、昨夜ね。あんたのパパが私の所に来たの、追い返してしまったけど」


「……そうなんだ」


「あんたはパパに会いたい?」


「どうだろ、あまり会いたいとは思わないよ。ママがパパのせいで危なかったのは祖母ちゃんから、聞いたし」


 諒太は冷たく言い放つ。私は驚きのあまり、言葉が出ない。さあっと初秋らしい乾いた風が吹く。


「ママ、俺の事は気にせずに自由にしてくれな。あー見えて、霧子さんやとおるさんも良くしてくれているから」


「……ごめん、諒太」


「ママ、俺もさ。再来年は高校生なんだぞ、だから。過去に縛られずに、先に進んでよ。俺は大丈夫だからさ!」


「うん、ありがとう。あんたが息子で良かったよ」


「さ、霧子さんも待ってるし。帰ろう」


 頷いて姉の所まで戻った。諒太と二人で。さようなら、青龍。私は先に進むよ、あんたも新しい道を選んでね。

 胸中で願いながら、秋の澄んだ空を見やった。


 ――終わり――


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