手作りお菓子

 季節は冬。バレンタインには遠い季節だけど、中盤には差し掛かったあたり。

 キッチンは暖房が効いておらず、底寒い。

 冷蔵庫のつるりとした扉を開けると、ひんやりとした空気が肌を撫でた。身震いしつつ、そっと高い棚に手を伸ばす。透明なパックには卵が整列してあったので、一つ掴む。材料を表に出すと、すぐに冷蔵庫を閉めた。

 振り向くとシンクがあり、アルミの板面にはボールを置いてある。その縁で卵を叩き割って、器に投入。

 水切り籠のほうから菜箸を持ってきて、溶かす。それから小麦粉の袋を掴んで、ドバドバと白い粉をふりかけ、かき混ぜた。だまにならないように慎重に、激しく。

 あとはグラニュー糖。大きめのスプーンでいくつかすくって、味付けする。過剰にしたつもりだけど、まだまだ足りないらしい。私としてはどうでもいいけど。

 あとはできあがった生地を器に入れて、運ぶだけ。パックになめらかなベージュを流し込み、電子レンジの蓋を開けて、ターンテーブルに置く。温める時間は一分だ。つまみをひねって、設定する。

 ガラス越しにオレンジ色に染まるレンジ。一分間じっと観察している内に時間が減って、チンと鳴った。

 熱々の器を萌え袖越しに掴んで、シンクに置く。パックの中身はやわらかに焼き上がっていた。見た目としては成功なのだけど、私としてはなんともいえない。本当はクッキー生地がよかった。しっとりとしたスポンジ生地になるのは、材料が足りないからだ。あと、メレンゲで膨らませてもいないため、薄っぺらい。よくも悪くもプレーンで素朴な見た目をしている。


「俺はもっと甘いほうが好きなんだけどな」

 曖昧な気持ちで突っ立っていると、のんきな声がした。隣に見知った気配を感じる。いつの間にか短髪の青年がケーキをつまみ食いしていた。

「あなたのものじゃないんだから、仕方ないでしょ」

「そうなんだ、つまらねぇの」

 彼はがっかりしたように大げさに肩を落とす。もっとも、誰に向けたお菓子なのかはどうでもいいらしい。全く気にせずにケーキの一欠片を口に放り込んだ。

 私としては軽々しく与えたくないのだけど。だって、これは自分用。彼のために作るのならもっと気合を入れて、特別なデザートにしたい。それこそとびっきりに甘い気持ちを込めて。

 彼に、喜んでもらうために。

 そんな私の気持ちには気づきもせずに、青年は甘くないお菓子を食べて満足している。

 今度はもっと素敵なものを与えよう。例えば、バレンタインとかね。そのときを想像して私は少し、気持ちが上がった。

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美味しいものにまつわる小噺 白雪花房 @snowhite

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