うちの地域の水は麦茶の味がする
体育の授業が終わって体操着姿の生徒は、水道の前に集まった。
「ここの水って麦茶の味がするんだぜ」
「そんなバカなことないでしょ。どこかの県のみかんジュースじゃないんだから」
「いいから飲んでみろよ」
一人の男子が女子の背中を押して、前に出す。
別に乗り気ではないし、彼の話を信じる気もなかった。
周りは水を飲んでいるし、こちらも喉はカラカラ。グラウンドで運動をして汗だくになった後だから、水分を欲していた。
仕方がないので蛇口をひねる。円筒型に伸びてきた水を手のひらで受け止め、口にふくんだ。
透明な味わいが喉を通る。かすかなほろ苦さの中に甘みを感じた。清涼感と香ばしさが合わさった味わいは、確かに麦茶に似ている。
少女はハッとなって、固まった。
「だろ?」
男子が得意げに胸を張る一方で、彼女は釈然としない顔で首をかしげる。
やがて彼も水を飲みだしたので、すっと引いて教室に戻った。汗拭きシートで肌をぬぐリ、シーブリーズをかける。人工的な香りに包まれながら、少女はぼんやりとしていた。先ほどから麦茶の味のする水のことで、頭がいっぱいになっている。
水は水。無色透明で種も仕掛けもない。当然、麦茶が混入しているはずもなく。
あれは、美味しかっただけだ。
ただそれだけの話なのに、気になって仕方がない。まるでマジックでも仕掛けられたかのようだ。
以来、何度も水道から水を飲んだけど、麦茶の味を感じたことはない。彼から直接話を聞いたこともなかった。あの日の謎は霧の中に放り込まれ、なにも解けないまま、日々は消費されていった。
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