拝啓、ぼくの好きな書生さん【文学フリマ大阪12新刊試読】

boly

第1話 拝啓、ぼくの好きな書生さん




依澄いずみくん、合格だよ。ふぉん」

 めぐる古書堂の店主は、レジの置いてある長机に片ひじをついてぼくの顔を見上げた。最後の「ふぉん」は、実際は「うん」と言っているけど、もうすぐ七五歳になる店主はサンタクロースのようなこんもりとした口髭を生やしていて、それがときどき発語の邪魔をする。日によって「おん」と聞こえたり、「ふぉん」と聞こえたり。今日は「ふぉん」の日らしい。

 ぼくはこの古書店に五歳の頃から通っていて、もう十三年になる。そのよしみで店主を「おっちゃん」と呼ぶことを許されている。昨日おっちゃんから、「依澄くん、この前の返事がきたから、明日でも大学の帰りに店に寄ってくれないか」と電話があった。一刻も早くお店に行きたかったけど、今日は週に一日だけフルで授業を入れている日だったから、午後最後の講義が終わると教授よりも先に教室を出て駐輪場へ駆け込んだ。

「おっちゃん、合格って、あの、」

 驚きと一緒に(合格? マジで? ほんとに……!)という安心感がみるみる湧き上がってきて、ぼくは口をパクパクする。言葉が出てこないぼくにおっちゃんは、「本を書いてるモリダイラくんとこの、あの、住み込みのアルバイト」と明快に答えをくれる。

 おっちゃんは長机を支えにゆっくり立ち上がり、年季の入ったレジの横っつらに貼りつけてある二十センチ四方ぐらいの、びっしりと文字が書き込まれた紙をペリッとはがしてヨイショともとの位置に収まった。大きな虫眼鏡を顔にくっつけるようにして、「ええと、なんて書いてたかな」と手に持った紙を近づける。そこに書いてあることを、ぼくは一字一句間違えることなくそらんじることができる。




『書生募集』


 盛平清玄(もりだいら・きよはる)

 当方、独居中年男性作家


 条件

 ・男子学生であること(専門学校、大学、短大、院他。学費は当方が負担。応相談)

 ・掃除、洗濯、炊事、買い物、ゴミ出し、町内会の当番等生活に関する全般を文句を言わずにやること

 ・住み込み必須。床の間&収納付き六帖の居室を用意。風呂、トイレ、台所など宅内は雇い主に相談の上で自由に使用可。ただし友人等部外者の連れ込みは一切厳禁

 ・拙作読者である必要はない。むしろ愛好者は不向きなので応募しないように

 ・面談必須(めぐる古書堂店主が代理面談)


 その他

 ・他のアルバイトとの併用応相談。ただし学業成績が落ちたら即解雇

 ・希望とあれば卒業後の進路の相談に乗ってもいい




「昨日モリダイラくんがここに来てな。ここんとこ忙しかったらしくて、『返事が遅くなって悪かった、と伝えてくれ』と言ってたよ」

「いえ。ぼくなら別に、」と言い終わらないうちにおっちゃんが、「ふぉん、しかしな」と書生募集の紙に目を落として言った。

「モリダイラくんな、依澄くんさえ良ければ、明日でも明後日からでも来てくれて構わないと言うんだ」

『来て欲しいじゃなく、来てくれて構わないなんだね』と頭の中で薄黒いぼくがささやき、もうひとりの真っ白なぼくが『助かるじゃん。学費はばあちゃんが出してくれたけど、アパートの退去期限は迫ってるんだしさ』と微笑む。

「あ、明日から、行っていいんですか?」と突然丁寧な物言いをしはじめたぼくに、おっちゃんはびっくりしたように目をぱちぱちとまたたき、

「いやいや。依澄くん。明日なんて急すぎるだろ。わしも言ったんだ。『いくら求人に応募してくれたからって、いきなり明日来いっていうのはあんまりじゃないか? いくらなんでも』って」

「だって、なりたかったんだよ!」

 その言葉とともに、ぼくはおっちゃんの長机に両手をバンとついた。おそらく、そのときぼくの両目にはシリウスにも負けないぐらいまぶしい星がまたたいていたに違いない。

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拝啓、ぼくの好きな書生さん【文学フリマ大阪12新刊試読】 boly @boly

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