オバケの流儀

sorarion914

うらめしや……

 白装束を着て、頭に三角形の天冠てんかんを巻き、長い髪をゾロリと下ろして、両手を胸の前に垂らす。

 恨めし気な顔でひと言――


「うらめしや……」


 そう呟けば、もう完璧な幽霊の出来上がり。




 ―――だった。



 ひと昔前までは。





あんちゃん」

 そのオヤジはそう言って、面白そうに笑った。

「今時、そんな化石みてぇな幽霊いないぜ」

「はぁ」

「時代遅れもいいとこだ」


 知らなかった。

 この世界にも、流行り廃りがあるのか……


 先ごろ。

 ウッカリこの世を去ってしまった僕は、この度無事、鬼籍入りを果たし、新たな環境に身を置くこととなった。




 あの世、という世界に。



「そういうレトロなヤツは、昔ながらの古い墓地に行けば、たまにウロウロしているが、最近の墓地を見てみろ」

 僕は、キレイに整備された墓地を見渡した。

 確かに。

 昔、祖父母の墓参りをした時は、石を積んだ所謂いわゆる日本の墓石で、卒塔婆が経年劣化で黒ずみ、何とも言えないオドロオドロしさと、無常の侘しさを感じたものだが。


 今時の墓はオシャレだ。

 墓石には、故人を偲ぶ言葉が彫られており、卒塔婆もコンパクト。

 フラットな芝の上に、簡単な区画整備を施してあるだけで、実に開放的な雰囲気だった。


 なるほど。

 ここに白装束の幽霊は似つかわしくない。

 むしろ、周囲が明るく開放的なだけに、かえってそのような幽霊が現れたら滑稽に見えてしまうだろう。


 危なかった……危うく笑いものになるところだった。



「おめぇさんは、まだこっちに来て日が浅い。だから分からねぇ事があるだろうが……なぁに、じきに慣れる」

 オヤジはそう言うと明るく笑った。


「決まり事とかあるですか?」

「昔ほど厳しくはない。以前は挨拶がてら、隣近所に供え物のお裾分けに回ったもんだが、今はそう言う面倒な事はしない」

 そもそも、食べ物や飲み物を墓に供えたまま放置してはいけないことになっている。

「故人の安らぎ方を尊重する。プライベートの邪魔はしない」


 死人の生活を妨げない。

 故人が個人を尊重する時代か……何だか、ややこしい。


「幽霊は出ないんですか?」

 死んでる人間が聞くのもおかしな話だが、僕は素直にそう聞いた。

「もちろん出るさ。たまに写真や動画に写り込んで自慢してる奴らがいる。ただ、今のカメラは性能が良いから、写りすぎないように誤魔化すのが大変らしい。しかも撮ったその場で確認されるからな」

 いかに幽霊らしく。撮影者をゾッとさせられるか――

 幽霊となって姿を見せるのは、卓越した腕を必要とする。

「そんな高度な技術を必要とするんですか?今時の幽霊は」

「ハッキリ見られると騒ぎが起きて面倒なことになる。オバケの世界にもルールがあるのさ」

「そうなんですか……」

「心残りがあれば、誰でも気軽に姿を見せられた時代は、もう終わった」

 白装束で「うらめしや……」の時代は終わったのだ、と嘆くオヤジに、僕はため息をついた。


「なんだ、おめぇさん。もしかして誰かに姿を見せてぇのか?」

 そう聞かれ、僕は顔をあげた。

 墓地の入り口から、こちらの方に向かって歩いてくる女性がいる。

 ここ数日。毎日のように訪れる女性。

「えぇ……僕の妻に」

「……」

「僕が、死んでも元気でいることを伝えたいんです」

 おかしな表現だが、それを知ってもらえば彼女もきっと安心してくれるだろう。

 彼女が笑顔を見せてくれれば――


 それを聞いてオヤジは「うーん……」と唸ると、「よし!それなら幽霊になって姿を見せてやろう」と膝を叩いた。

「でも僕みたいな素人、思いっきり写真に写ってしまうかも」

「構いやしない。その方が奥さんも気づくだろう」

「でもそれはルール違反では?」

「ルールは破るためにある」

 オヤジはそう言うと、楽しそうに笑った。


「昨今の流行りは、生きてる人間と変わらないていでいることだ」

「普段通りでいいってことですね?」

「ただ、悲しいかな。肉体は既に失っているから、表情がでない。笑っても、生きてる人間からはそうは見えない。無表情だ」

 そこを、いかに楽しそうに見せるか。

「派手な服を着たらどうでしょう?見た目が明るければ楽しそうに見えるかも」

「装飾品を身に着けるのも悪くないな」

 僕とオヤジは、思いつく限りの陽気さを演出する為、派手な服を着て、カツラを被り、首には花飾りをぶら下げ、両手に仏花を握りしめたまま――


 僕は、墓前でうずくまる妻の前に立った。




 すると。




 何か、異様な気配を察知したのか、妻が視線を上げた。

 そして、眉間を寄せたまま、僕がいる空間に向かってスマホを向ける。


 カシャッとシャッターを切る音がした。


 無言で画像を確認する妻の顔に、徐々に驚愕の表情が広がる。

 そして一言。



「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁ!!」



 と悲鳴をあげると、脱兎のごとく去っていった。





 ———以降。

 妻は一度も姿を見せることはなかった。



 後に僕がいる墓地は、陽気な幽霊が出没する心霊スポットとして、動画配信者の聖地になってしまった。


 * * * * * * *


「ちょっとやり過ぎちまったな」

 オヤジが苦笑して、衣装を取り換える。

「まぁでも……夫の死を乗り越えて、元気でいてくれてるようですから結果オーライです」

 僕はそう言うと、今宵何度目かのお色直しをして、肝試しに来た連中の前に歩み出た。



 オバケの世界の新たなルール。





【恐怖より笑いを】




 ……END

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