第56話 荷物
「――『荷物』の情報について、現時点で何が分かっている?ハンス。」
俺は部下に問いかけた。
ここは家族の拠点、会議室。
グレーを基調としたこの部屋は、機能性と防御性能だけを重視して設計されており、装飾は完全に切り捨てられている。無機質なコンクリートの壁、簡素な机と椅子。黒板にはルートマップや参考資料が描かれたり貼られたりしている。
そんな無骨な会議室に、今は幹部たちが五人揃っている。俺たち三姉妹、戦闘シスターチェリル、そして目の前で資料を広げているハンス。この面々が新興組織『トリニティファミリー』の中核を担う者たちだ。
「正直なところ、まだ分かっていないことが多すぎる。」
タバコを咥えたハンスが、黒板を軽く指で叩きながら話し始めた。
「少しおさらいだ。『荷物』の存在を掴んだのは、およそ一ヶ月前のことだ。アンゴリカファミリーの下部組織間で、ファミリーが間もなく大規模な取引を行うという噂が広まった。調べていくうちに、アンゴリカの頭『黒蛇』が何らかの貴重な品を偶然手に入れたらしい、ということが分かった。」
ハンスは黒板に大きなクエスチョンマークを描く。
「その品物の中身は不明だ。ただし、
ハンスはクエスチョンマークから線を引き、いくつかの写真に繋げた。
「数日前、ボスがジェティスの旦那から司法機関が集めた情報を手に入れた。運搬ルートらしいな。これによると、荷物はおそらく一週間後に国境を越える予定だ。ただし、その情報の信憑性は不明。この街の情報屋たちが突然消えたせいで、裏を取ることが難しくなっている。俺の人脈を使って分かったのは、アンゴリカファミリーが実際に人員を集め、大量の武器と弾薬を購入していることだ。どうやら何らかの衝突に備えているのは確実だ。当然、これが全て罠である可能性も否定できない。」
ハンスは写真の隣に泣き顔のマークを描き、続ける。
「情報屋に頼るのはもう期待できないだろうな。アンゴリカファミリーの構成員を捕まえて尋問する作戦も、あまり上手くいっていない。関係者の多くが既に口を封じられている。」
ハンスは会議室のテーブルに資料の束をばら撒いた。それは残虐な殺人現場の写真だった。被害者たちは皆無惨な死に方をしており、生前に凄惨な拷問を受けた痕跡が見て取れる。
「『殺人鬼』だ。こいつはアンゴリカファミリーのメンバーを次々に狙っている。そのおかげで、俺たちの情報源が大幅に減少してしまった。」
ハンスは肩をすくめながら続けた。
「どうやら動機は私怨らしい。拷問の手法は荒っぽく、情報を引き出すというより、苦痛を与えることが目的のようだ。被害者たちは、心臓に埋め込まれた生体爆弾が起動する前に、暴力で命を落としている。ただ、それでもこの『殺人鬼』が、情報を持っている可能性の高いメンバーを正確に見つけ出している点を考えると、何かしら掴んでいるのかもしれない。」
ハンスは再び肩をすくめた。
「まあ、以上が現時点で分かっている『荷物』に関する情報だ。」
「ご苦労。」
俺は会議室の幹部全員に視線を向けた。
「現在、俺たちトリニティファミリーの目標は、この『荷物』を奪取することだ。この国で地盤を固め、アンゴリカファミリーを排除するためには、この取引を阻止しなければならない。俺たちは取引ルートを叩き、アンゴリカファミリーの最後の希望を完全に奪い取る必要がある。」
俺は二本の指を立てた。
「この『荷物』があの二大組織に関係している可能性が高い、つまり中身が聖胎に関わるものであると想定するべきだ。その場合、取引には奴らからの干渉が入るだろう。全員、激戦を覚悟して準備を整えろ。」
「つまり、取引にはルシファーの戦闘員か、オミナスの騎士が迎えに来る可能性があるってこと、ですね。」
チェリルは眉をひそめながら言った。
「どちらが来ても、厄介な相手です。」
「ああ、だからこそ、俺たちは迅速かつ確実に動く必要がある。あの二大組織が本格的に介入する前に、物を手に入れるんだ。ただ、すでに工作員がこの国に潜入している可能性も考慮しなければならない。俺たちは現状、なるべくあの二大組織との正面衝突を避けるべきだが、どうしても避けられない場合には、ためらわずに始末しろ。あいつらは容赦して勝てる相手じゃない。」
俺は会議室を見回し、全員の顔を確認してから頷いた。
「では、他に何もなければ、各員それぞれの任務を開始してくれ。」
「——バイオスちゃん。」
「どうした、メム?何か報告があるのか?」
メムが手を挙げ、話し始めた。
「ええと……あなたに会わせたい人がいるの。私とチェリルが世話している子どもたちの中の一人なんだけど。少し時間をもらえる?」
「……構わない。会議も終わったところだしな。」
メムがチェリルに頷いて合図を送ると、戦闘シスターは軽く一礼し、会議室を出て行った。しばらくして、チェリルが一人の人物を連れて戻ってきた。
その姿を目にした瞬間、俺は思わず目を細めた。
黒髪、黒い瞳。どこか懐かしさを感じる、東洋人の面影を宿した端正な顔立ち。日に焼けたような褐色の肌。その少女は、以前アンゴリカファミリーから奪った奴隷の一人だった。
少女は幹部たちの視線に一瞬怯んだように体を小さく震わせたが、慎重に会議室へ足を踏み入れた。そして、周囲を見回した後、その目をまっすぐに俺に向けた。
少女は震える声で口を開いた。
「……あんたがこの人たちのボス?」
その言葉が無礼だと感じたのだろうか、チェリルの眉が一瞬ピクリと動く。俺は視線で彼女を制し、軽く頷いた。
「その通りだ。用件は何だ?」
「っ。お願いが、ある。」
「ほう。言ってみろ。お前の勇気に免じて、話だけは聞いてやる。」
そして。
少女は俺の前で跪き、土下座の姿勢をとった。手のひらを上に向け、まるで祈るような仕草で頭を下げる。
俺が驚きを感じていると、少女は焦ったように続けて話し始めた。
「頼む!あんたたちの仲間にしてよ!どんな仕事だっていいから!どんな風に使われたって構わない!あの子にちゃんとした生活をさせてくれるなら、もしあの子にもっといい未来を与えられるなら!あたしの全部を差し出す!あの子だけは!あの子だけはっ!」
泣き叫ぶように。少女は、必死に懇願してきた。
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転生したらヤバい秘密結社の生体AIでした。奴隷扱いされるのが嫌で、同期と一緒に逃亡した 浜彦 @Hamahiko
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