ドライブは夜に。
西之園上実
ドライブは夜に。
「おいー」
「ほいー」
ドアを開け中に入る。
「雨降るっていってたけど、そうでもないね」
「なあ」
重めのクラッチ。それをぐぐぅと一気に踏み込む。
ほとんど同時にギヤを一速にカコっと入れる。
今度はスーっと、到底自分足だとは思えない慎重でゆっくりとしたスピードでクラッチペダルを戻し、シンクロしてアクセルを踏んでいく。
こうして喋っていても、この一連の何千回としてきた動作のほうが明らかに意識の比率は高い。
3:7? いや、2;8くらいだろうか。
まあ、そんなことはどっちでもいいんだけど……。
「せまいなぁ」
「なあ」
「うるさいし、リッターいくつだっけ?」
「4か5」
「何年乗ってるっけ?」
「20年くらい」
「なにがそんなに良いんだ?」
「速い」
「どのくらい?」
「うーん、私が乗れば世界一」
「はいはい」
いま3速。
一般公道じゃこれで十分。
互いに流れる景色を違った方向で見ながら喋る。
「確かに、こうやって走ってる分にはいいよな」
「だろ、きもちいいだろ」
「うん、きもちいい」
空気がそこにある。あたりまえだ。
だから動けば風に変わる。
速くなればなるほど強くなって感じることができる。
「あ、流れ星……?」
「うそ」
「多分そうだった」
「見てないな、最近」
「でしょ、やった!」
そこで今日初めて目が合った。
きらきらしてて。だからそこに流れ星を見れたことで満足できた。
こうやってこいつがきもちいい速度で走ってるから見れた。
もしかしたら、流れ星の速度ってこれくらいなんじゃないんだろうかと、そんな悠長ことを考えながらさらにアクセルを踏み込む。
「で? どうだったの?」
「なにが?」
またそうやって分かっててごまかす。
「デート」
「ああ……まあ、うん」
「いつもどおりか」
「あーあ、どうして別れたのかね、私たち」
「知るか」
風の音に頼るようにして全開の窓から外に投げる。
「喉乾いた」
「もすこしいけば自販機あるから」
「ええ!? あそこのに飲みたいやつない」
「我儘だなぁ、ならバイパス出たとこのあのコーヒー屋でもいくか?」
「イヤだ。混んでるしこの時間」
「だよなぁ」
「それに、もう口がアレになってるから!」
さっきから一台も車とすれ違っていない。後続車も。
確かにおそい時間だけれど、普段ならもうちょっといる。
「静かだなぁ」
「うるさいけどなぁ」
夜に駆ける? 夜を駆ける?
どっちだったか、なんかそんな曲名の歌があったなぁ。
どっちにしても駆けるなんてもんじゃないけど……いまのこの速度は。
見ようとすれば見ることもできる。
けど、こうして窓を空けて顔いっぱいに風を感じることをやめてまでしたくはない。
第一、それを知るにはこの風で十分だ。
「はい。お望みどおり」
「はい。どうも」
暗闇にポンとあるそこに、いつもの角度で止める。
ドアを開けて外に出る。
「しょうがない、奢ってやる」
「へっへっへ、やった」
カシャン――ピッ、ピッ。
ガコン!
ガコン!
「ほれ、これ飲んで元気だせ」
「安く見られたもんだっ」
カション。カション。
「はー、いろいろ飲んだけど、やっぱりコーヒーはこれだな。うまい」
言うと、白い息が舞った。
「言っとくけど、これ教えたの私だからな」
「一番好き」
「訊いてるか?」
ドライブは夜に。 西之園上実 @tibiya_0724
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