大流行中のVR風鈴に回線ジャックウイルスが仕込まれていた件
髙 文緒
大流行中のVR風鈴に回線ジャックウイルスが仕込まれていた件
久々に歩いた繁華街は、生きてんのか死んでんのか分からない奴らがうろうろ歩いていてウザい。あと暑いのがありえない。
旅行だってVRで出来る時代、暑さ寒さ、それから雨か晴れか、そんなこと気にして外を歩く感覚が取り戻せない。とりあえず、ストレスだけが溜まっていく。
目当ての電気屋に入ると、今度は寒いくらいにクーラーが効いている。この感覚も懐かしい。リアル店舗で買い物をしなくなってもう何年にもなるからな。でも店のテーマソングが延々と流れる店内放送は、VR店舗と同じだから少し落ち着く。
目当てはテレビ売り場。
見ると、人だかりが出来ている。はい、ウザい。VR店舗なら、お互いに匿名性を維持された薄青い人型でいられるのに、現実の人間は邪魔だし臭えし見た目がガチャガチャしすぎてる。
テレビとかいうオワコン機器の売り場に、これだけ人が集まっていることが意外だ。俺はテレビを買いに来たわけではない。ニュースを見に来た。
画面に目をやると、ちょうどよくニュースが流れている。テロップに『若者の間で流行中のVR風鈴にインターネットウイルスが。復旧に一日かかる見込み』の文字が見えた。
「はあ?」
思わず俺は声を上げた。
周りの奴らも同じようにざわついている。もしかして、と隣で「えちょっと困るんだけどマジで困るんだけどウイルスとか意味わかんない」と早口でぶつぶつ呟いている女の子に声をかけてみる。
「VR風鈴使ってたんすか」
「え、あ、はい。そうです。ていうか多分、ここに集まってるひと、みんなそれだと思う」
「それっていうのは、ウイルスに感染したってことすか?」
「うん。だからテレビが見られる場所を探しに来たんじゃないの。あなたもでしょ」
「っすね」
そうとだけ答えると、生身の人間のどこを見てどう話して良いのか分からなくなった俺は、黙って売り場を離れた。思ったよりダルい事態になっていそうだ。
まあでも、電気屋に寄ったのは正解だったな。回線死んでるから会社へ連絡しようがないし、もちろん家での仕事も出来ないしってことで、入社して初めて会社の社屋に行くわけだけど、ニュースになってんなら説明も大分はぶけそうだ。
それに同じような状況のやつらが沢山来ているだろうし。さすがに会社にVR風鈴は取り入れてないっしょ。
と思ったら、事務所が入っているビルの受付にVRを使っていたらしく、そこにVR風鈴も使っていたらしく、ビル自体の回線も死んでてカードキーが全く反応しなかった。
同じような奴らが、どうせ無理と知りつつも、列をなしてカードをかざしては無反応を確かめて去っていく。なんかの儀式みたいだ。
まあ出来ることはやったという証明みたいなもんだよな。カード反応しないから何の記録が残るわけでもないけど。
てことで帰ってきた家はくそぼろアパートで今どき鍵を差し込んでガチャっと回す方式だから助かった。
これ何も考えないで家出てきたやつで、会社のビルみたいにマンションの回線がイカれて家に入れなくなる奴いるっしょ。
てことでベランダから外を眺めると、やっぱり意味なくうろついている奴らが居た。向かいのマンションとかかな。ご愁傷さまだ。
それにしても、VRが使えないとなると、家は暇で仕方ない。世界も静かすぎる。
もっとつねに癒やしのせせらぎの音とかヒーリングミュージックとか流せよ。
それにほら、VRの風鈴の音もだよ。あれ最高に癒やされたのに、ウイルスが仕込まれてたとかクソでしょ。開発者の悪意半端ないでしょ。
あーほら、もう空耳聞こえてきたもん。
リーンリーンって鳴ってるもん。
「ん? これ、ババアんところのやつか?」
もう一度ベランダに出て、隣の部屋のベランダを覗き込む。
そこには超レトロな風鈴がつるされていて、風にゆれて鳴っていた。
隣のババアは変わりもんで、ご近所トラブルが耐えない。
当たり前だ、どんな娯楽でもヘッドフォンとゴーグルで静かに楽しめるってのに、ババアはテレビの音をがんがん鳴らすし、音楽もプレーヤーで流すし、通話もチャットじゃなくて音声電話だし、そのうえ本物の風鈴なんか下げて外に向けてリンリンリンリンやってんだから。
リーン
リーン
不規則になる風鈴の音に耳を傾けながらベランダから景色を眺めているのは、ゴーグルとヘッドフォンなしの世界があまりにも静かで退屈だからだ。
リーン
リーン
リーン
風鈴の音と、頬を撫でる風の感触が連動して、まあまあ悪くないなと思い始めている俺がいる。いや、ただの迷惑ババアの迷惑風鈴なんだけど。今日のところは聴いてやってもいいか。
目の前の道路に目をやれば、さっきよりも意味なくうろついている奴らが増えている気がする。
なにかを探すようにキョロキョロしながら、行ったり来たり。
観察していると、そいつらのうちの一人と目が合った、気がした。
気のせいだと気づいたのは、俺のいる方を見上げるそいつの目線が、俺の顔からズレていたからだ。
「あんたさあ」
ベランダから乗り出して、そいつに声を掛ける。
今度は、バッチリ目が合った。
「なんだ?」
「あんた、風鈴探してたんすか」
「わかんねーけど、そうかも」
そう答えると、そいつは俺に背をむけて道に座り込んだ。
リーン
リーン
リーン
一人二人と、座り込むやつらが増えていく。
ババアの風鈴がいつまでも鳴り続けている。
と、アパートの前のやつらを思い切り睨みつけながら、ババアが帰ってくるのが見えた。ババアはいつでも水色のサビだらけの自転車に乗ってる。
アパートの前で自転車からおりると、手で歩いて押しながら、自転車のベルを鳴らしまくる。
リリリリリリリリン
道に座っていたやつらはその瞬間だけ、虫みたいにわさわさ動いたけれど、すぐにまた、石みたいにそこに座り込んだ。
リーン
リーン
リーン
立ち疲れた俺はベランダに座り込んで、道路にいるやつらと同じように石になった。
静かすぎる世界に、ババアの生活音と風鈴の音だけが響いていた。
大流行中のVR風鈴に回線ジャックウイルスが仕込まれていた件 髙 文緒 @tkfmio_ikura
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