第17話 エピローグ

 翌日、月曜日。

 いつも通りの日常が始まる。

 普通に学校に行って、才波さいば君とコノカちゃんが休みだという先生の連絡を聞いて、普通に授業受けて、普通に過ごして、普通に宿題プリントを机の引き出しに置き忘れて帰る──私のばかっ、後でランドセルに入れようと思って結局入れ忘れてる。

 また忘れて! 自分が自分で嫌になるよ。

 い、今から取りに戻りたいなんて言ったら迷惑だよね……?

 ちらりと前を歩く皆を見る。

 うっ、言えない。

 仕方ない、一度家に帰ってから取りに行こう。


◇◇◇


 放課後の教室。

 校舎内はがらんと静まり返っている。いつもなら心細くなるところだけど、先週も来たことを思えば慣れたものだ。

 ……慣れちゃだめだけどさあ。

 難なくプリントを回収し、ふと、床を見る。

 先週は、あそこに人格記録帳パーソナル・メモリーズが一枚落ちていた。

 今週は、何もない。


「……」


 視線を進行方向に戻す。

 さっさと帰ろう。

 教室から出ようとしたところで、ちょうど入っていた奏汰かなた君とぶつかった。ロールプレイも何もしていない、普通の奏汰かなた君。


「あれ、永田ながたさんだ。どうしたんだ?」


 奏汰かなた君の後ろから才波さいば君も顔を出す。


「え、えっと、忘れ物をしたから取りに」

「また?」

「……はい」


 あきれられてしまった。

 いたたまれなくて話題を変えようと二人の話に移す。


「ふ、二人は今日お休みだったよね、何してたの?」

「僕は心花このかの付き添い。長く向こうに行ってたから健康状態調べてて検査の待ち時間退屈しないよう話し相手として駆り出されてた」

「俺は転校手続きで親のところ」

「えっ、才波さいば君転校しちゃうの?」

「もともと置網おきあみ心花このか救出のために来てただけだから用が済んだら帰るよ」

「そ、そっか……」


 いっきにいろいろ変わっちゃうな。


「って言っても結局一学期の間はこっちにいることになったけどな」

「僕としては正臣まさおみが転校してくれたら空いたところに僕が転入できて良かったんだけどね」

「はあ~? いなくならなくてうれしいって素直に言え」


 そういえば、今までのコノカちゃんは奏汰かなた君だったけど、本当の心花このかちゃんが戻ってきたから奏汰かなた君はどうなるんだろう。

 

「か、奏汰かなた君はこれからどうするの?」

「しばらくはコノカとして通うことになりそう」

「そ、そっか!」


 奏汰かなた君も才波さいば君もそのままなんだ。良かった。


「──若葉わかばちゃんは僕がいなくなったら寂しい?」

「うん」

「そっかあ!」


 奏汰かなた君はすごくすごくうれしそうな顔をする。

 えっ、そんな満面の笑みを浮かべる所じゃないような。

 才波さいば君はあきれた表情を浮かべた後、思いついたようにポンと手を叩いてこういう。


「俺のことも正臣まさおみでいいぞ。俺も若葉わかばって呼んでいい?」

「え、えー……」

「なんで不服そうなんだよ」

「だってクラスで噂される……」


 今日は私だけだから男子たちも絡んでこなかったけど、明日いつもどおり才波さいば君が来たら「日曜何してたんだよ」とか言ってからかわれちゃうよ。

 そこに名前呼びとなったらさらにいろいろ言われちゃう。


「仕方ねえなあ。二人の時に若葉わかばって呼ぶ」

「三人の時だろ」


 すかさず訂正が入った。

 ……私たちが三人だけになる状況ってもうないと思うけど。

 そういえば、二人は何しにここにいるんだろう。忘れ物とりに来たわけじゃないよね?


「二人はどうしてここに?」

「なんか急に化け物の反応が出たからあわてて駆け付けた」

「でも見たところなにもなさそうだね」


 中を確認しようと三人とも教室に入ったところで、勢いよく教室の戸が閉まった。


「!」


 閉じ込められた。

 みんなの視線が戸に向かった隙を縫うように、教室内にもう一人姿を現す。


「こんにちは」


 当たり前のように挨拶をするのはチョウリンさん。ううん。チョウリンさんの側だけ模した化け物。神様。


「お前っ、なんで」

「あのくらいの結界、神からしたら造作もないわけですけど、今回は単純にこれのおかげですね」


 ぱちんと指を鳴らす音が聞こえると同時に、私の姿がかい穗保すいほへと変わる。チョウリンさんは音もなく近寄り、腰布についていた金板をするりととった。

 あの金板は女官専用の模様が描かれたもので、失くした私にチョウリンさんが貸してくれたもの──。


「神様の物は神様に。これを媒介に戻ってきたのです」


 机に脚を組んで座り、超越者たる威厳を見せつけてきた。

 わ、私のせいだ。私がちゃんと捨ててれば。


「とはいえ、これはあなたへの贈り物。末永くお付き合いしましょうね」


 チョウリンさんは怪しく笑うと、霞のように消えてしまった。私の姿は元に戻り、金板は一冊の本となってポスンと机に落ちる。


「なんだったんだ、いったい」

若葉わかばちゃんのせいじゃないから落ち込むことないよ。あいつは気まぐれで強力で鬱陶しい奴なんだ」

「で、でも……」

「それよりあいつ何か落とした。見に行くぞ」


 奏汰かなた君に励まされ、才波さいば君に背中を押されて、さきほどまでチョウリンさんが腰かけていた机に向かう。

 机には分厚い本。

 日記帳?

 どちらかといえば、プロフィール帳に近いかも。

 紙の側面に穴が開いていて取り外し可能で記載欄がいくつかあって──。


人格記録帳パーソナル・メモリーズ!」


 三人同時に声を上げる。


「こんな分厚いの見たことないぞ」

「大丈夫か? 爆発しないか?」

「持ち帰る価値はあるだろ」


 男子二人は大興奮している。


「──」


 たくさんページがつまった人格記録帳パーソナル・メモリーズ

 口を開く。

 ためらう。

 口を開く。

 ためらう。

 迷惑、不安、自信の無さ、劣等感。

 っでも、変わりたいの。


「あのっ、私もまた二人と一緒に──」


 なりたい自分になる扉を開く。

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ロールプレイング! 水野むつき @mizuomutsuki

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