第16話 決戦

 再び心花このかちゃんに会うなら?

 第三王妃殿の地下空間のような場所に行けばいい。

 地下空間に行くには?

 玖桜くおう王女の部屋を訪れればいい。


「いや、さすがにそれはバカだろ」

 

 すかさず才波さいば君から却下が入った。

 うっ……言ってみただけだもん……。

 どうやって心花このかちゃんに会いに行くかで議題が一周してしまっている。


「カイ女官の話をまとめると玖桜くおう様とわたくしの部屋が地下空間でつながっていることになるのでありえませんね。──おそらく魔術でしょう」


 奏汰かなた君ことハク官吏が口元に手を当て推測する。

 言い合いが終わったらすぐロールプレイに徹するのさすがだなあ。


「見たところ変わったところはない。となるとカイ女官の方?」


 奏汰かなた君は私のあごを持ち上げじろじろ検分したのち、預けていた人格記録帳パーソナル・メモリーズを私に手渡す。


「一度、カイ女官になりなさい」

「あ、はい」


 言われるがまま変身をする。

 姿を変えれば再び奏汰かなた君は私をじろじろ見て、左頬に触れる。


「魔術の痕跡があります。何か心当たりは?」

「え、えーっと、あっ、チョウリンさんにおまじないしてもらいました。キスするやつ」


 瞬間、奏汰かなた君の眉が吊り上がった。


「は? キス?」


 ピクピクと口元を引きつらせ、表情をこわばらせている。

 あれ、素の奏汰かなた君に戻っちゃった……。


「最悪っ、若葉わかばちゃんに何してんだ!」

「ばっか、せっかくの痕跡消す気か!」


 私の頬を服の袖でこすりだした奏汰かなた君を才波さいば君が慌てて羽交い絞めにして止める。


「離せ、正臣まさおみ。神のやつ、絶対殺す」

「落ち着け、殺せる相手じゃないのはわかってるだろ」


 やんやと言い合う二人に混じり、声がする。


「来るというなら受けて立ちますよ」


 そこには気配も前触れもなく、ただ当たり前のようにチョウリンさんが立っていた。

 チョウリンさんは楚々としたたたずまいで笑う。


「カイ女官に施したのは移動の魔術。神からの贈り物を無下にしてはいけませんよ」


 景色が変わる。

 辺り一面真っ暗な空間が広がる。

 離れた場所には両手を縛られ口をふさがれた状態で横たわる心花このかちゃんがいた。

 ここは、あの地下空間だ。

 気づくと同時におぞましい気配が私を襲った。

 空気が変わる。

 のどがつまる。

 息が苦しい。

 神と相対する空間ってこんなにも怖いところなの?

 誰もが動けない中で、チョウリンさんが音もなく動き出し、私の手を掴む。


「ねえ、あなたが遊んでくれるなら心花このかを返してあげる」

「っ──」


 悪魔のささやき、神のお告げ。

 これは本当のこと?

 だったら私が連れて行かれる前に人格記録帳パーソナル・メモリーズを渡して心花このかちゃんが戻れるように──。


「騙されんなっ!」

「!」


 口を開き「はい」と答えかけていた思考をかき消すように才波さいば君が叫ぶ。気づけば才波さいば君がチョウリンさんの頭目がけて蹴りを放っていた。その攻撃が当たることはないけど、でも、私が逃げる隙を作るのには十分すぎるほどだ。


若葉わかばちゃん、こっちに!」

「はいっ!」


 奏汰かなた君の声に合わせ、走り出す。

 今、私、完全にチョウリンさんとの取引に応じるつもりでいた。危なかった。ここで心花このかちゃんの代わりになったって延々同じことの繰り返しだ。

 私たちの目標は「心花このかちゃん含めて皆で帰る」なんだから!


「面倒だな」


 チョウリンさんの声が聞こえ、ズズズッという音とともに植物のツタのようなものが地面いっぱいに張り巡らされたかと思うと、ツタは私の脚を掴み上げた。


「きゃっ!」

「カイ女官捕まえました」


 そのまま私は宙に吊り下げられる。

 ツタだと思っていたものはチョウリンさんの手から伸びた触手で、あまりのおぞましさに視界が一瞬揺らいでしまう。

 これはまずいかも。

 かい穗保すいほはすでに化け物2体見て精神が摩耗しているし、これ以上変なの見たら正常じゃいられなくなるかも。

 それに私がここにいるせいで奏汰かなた君たちが戦えないでいる。

 だったら一か八か。


奏汰かなた君、心花このかちゃんのところに! 才波さいば君は私をよろしく!」


 この場にいる私以外の誰もが何をする気かと困惑しだす。それでも、二人なら動いてくれるはず。


「『おしまいおしまい』」


 ロールプレイを終わらせかい穗保すいほから永田ながた若葉わかばへ。体格の差で触手に隙間ができ、落下する。予想通り。あとは人格記録帳パーソナル・メモリーズ心花このかちゃんの元へとぶん投げる。


「っ」

「くそっ」


 男子二人が同時に動き出すのが見えた。

 やっぱり頼りになる。


「『激煌げっこう』!」


 才波さいば君は、なにか、光線のようなものをチョウリンさんに当て、私をスライディングでキャッチする。

 え、ロールプレイするとそんなこともできるの?

 チョウリンさんは頬から流れる血をグイっとぬぐいながら、才波さいば君を見る。


「ああ、そういえば、私を封印するために召集された妖怪退治屋でしたね。見慣れない技なので驚きました」

「ハッ。顔から表情消えてるぞ。余裕なくなったんじゃねえのか」

「まさか。そちらこそ連発しないところを見ると限りがあるのかな。切り札きかなくて残念だね」


 才波さいば君の挑発を軽く受け流す。


「後ろに下がってて」


 才波さいば君が私をかばうように前に出る。今の私は生身。攻撃を食らったらひとたまりもない。

 邪魔にならないようできるだけ身を縮こまらせながら待つんだ。

 奏汰かなた君が心花このかちゃんの拘束を解いてくれるのを。


「『エンド』」


 ロールプレイ終了の合言葉とともに、ドドドドドと勇ましい足音が鳴り響く。


「ぶっとべえええ!」


 高く舞い上がった心花このかちゃんが勢いに任せチョウリンさんに拳を放った。

 当たってはない。

 けど、衝撃波だけでチョウリンさんを吹き飛ばしてしまう。

 余波で私まで吹き飛びそう。ひしっと才波さいば君にしがみついて爆風に耐え、おさまったところで目を開ける。

 そこにはポニーテールで、背が高くてスラッとしてて、パッチリしたお目々のかわいい女の子、置網おきあみ心花このかちゃんが立っていた。

 心花このかちゃんは振り向き、私たちに手を差し出す。


「二人とも大丈夫?」


 格好いいなあ。

 まるでヒーローみたい。

 ずっと助けられてる。

 手をつかむと、強い力で立ちあ上がらせてくれた。才波さいば君は自力で立ち上がる。

 奏汰かなた君も駆け寄って来る。


若葉わかばちゃんっ、大丈夫!」

「うん、大丈夫だよ」

「また無茶して」


 うっ、お説教。


「あ、あの、無策で臨んだわけじゃなくて、奏汰かなた君たちのコノカちゃんが強い設定なのは本物の心花このかちゃんも強いからなんじゃって思っ──」


 奏汰かなた君に抱きしめられた。


「あ、え、あっ、か、奏汰かなた君!?」

「お願いだから無茶しないで」


 絞り出すようなかすれた声でつぶやく。奏汰かなた君の肩は震えていた。

 心配をかけさせてしまった。


「……ごめんなさい」


 返事はない。その代わりきつくきつく抱きしめられる。

 才波さいば君と心花このかちゃんは、そいつを頼んだと視線でよこし、チョウリンさんが吹き飛ばされた方をににらみつけた。

 あれだけの攻撃を受けたのにチョウリンさんはまだ立っている。


「ったた。魔術は反則じゃない?」

「うるさい。元の身体に戻ったんだからもうあんたなんかこわくないわ」

「本当の切り札ってやつ見せてやるよ」

「うあっ、やだなあ。まだやる気なんですか。降参、こうさーん」


 ふざけた口調で両手を上げて座り込む。

 才波さいば君たちは顔を見合わせ、こくりとうなずきあい、戦闘続行の意志を構えを取った。


「お前の言葉は信用できない」

「いつまでも玖桜くおうの姿借りてるのが嫌!」

「え~、血気盛ん。いいよ大人しく封印されてあげます。無意味ですけどね」

「うるさい」


 チョウリンさんの軽口を一蹴し、腕に着けていた組みひもに触れる。


「奥義『四神方位』」


 地面が淡く光、チョウリンさんを囲むように四つの柱が現れる。柱と柱にはガラスのような壁が張られ堅牢な檻となる。檻はみしっと音を立てたかと思うと、中にいるチョウリンさんごと小さくなっていく。

 檻を楽しそうに眺めていたチョウリンさんは消える間近、私を見て手を振り小さく口を動かす。

 曰く、


「またね」


 そのまま檻は跡形もなく消え去っていった。


「さあ終わり終わり。さっさと帰ろうぜ、こんなとこ」

 

 才波さいば君はくるりと振り返り、いつもの調子で告げる。

 奏汰かなた君は私から離れ、ため息交じりにうなずいた。

 心花このかちゃんもまた大きく伸びをする。

 終わる。

 終わる。

 すべてが終わる。

 チョウリンさん、「また」なんてないよ。私はここでおしまい。私が関わることは二度とない。

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