第15話 根幹にあるもの

「おまえっ、やけに若葉わかばちゃんを誘うと思ったら! 何考えてるんだ!」


 奏汰かなた君が怒鳴った。

 ロールプレイも何も忘れて才波さいば君を怒鳴った。


「『夢の世界に囚われた置網おきあみ心花このかを助ける』。俺はそういう名目で呼ばれた。するべきことをしてるだけだ」


 対する才波さいば君は淡々と奏汰かなた君に返す。

 ここは奏汰かなた君こと清慧せいえ国のとても偉い女性官吏、はくれいの仕事部屋。

 いるのは私たち三人だけ。

 どうやら私はあの空間から奏汰かなた君の仕事部屋に飛ばされたらしく、私と才波さいば君の清慧せいえ国入りが奏汰かなた君の知るところとなった。

 そう、奏汰かなた君、私たちが来てたこと知らなかったんだって。

 私がこの部屋に来る直前に才波さいば君と遭遇し、事情を聞いていたんだそな。

 奏汰かなた君視点、日曜に三人で日本で化け物退治する予定だった。でも清慧せいえ国から依頼が来たから一人で行った。私と才波さいば君は予定通り日本にいると思ってた。ところが才波さいば君が演じるロールプレイする耀ようが王城をうろついていた。理由を聞くため部屋に連れてきたところで、私が転がり込んできた。

 ということらしい。

 なんで二人がここに、の問いかけに対し、私が、


「王宮でチョウリンさんを名乗る神様と会って二体の化け物に襲われて、心花このかちゃんと会って、話してる最中にやばいのが現れて、心花このかちゃんに逃げてって突き飛ばされたらここに来た」


 と拙い説明を行い、才波さいば君が


置網おきあみ心花このかを探すため。永田ながたさんを連れてきたのは置網おきあみ心花このかが本物か判定させるためだ」


 と答えたところ、奏汰かなた君が怒鳴ったというわけだ。

 対する才波さいば君は一歩も引かない。


置網おきあみ心花このかを夢の世界に留め置いてるのは数多の顔を持つ神だ。置網おきあみ心花このかに変身してたとして俺じゃあ見分けがつかない。だいたい俺は、永田ながたさんにちゃんと誘った理由を伝えてる」


 いや、神と遭遇するかもなんて話は聞いてないけど。

 才波さいば君の説明にそれでも納得できないようで、奏汰かなた君は才波さいば君を睨みつける。


「目的の為ならだれ巻き込んでもいいって言うのかよ」

「否定はしない。任務達成が俺の第一とするところだ」

「新たな犠牲者が出るところだったんだぞ」

「じゃあ置網おきあみ心花このかをあきらめるか? 俺もお前も警戒されている。永田ながたさんだから向こうが接触してきたんだ」

「時間をかければ僕たちだけでも発見できた情報だ。それに心花このかだって自力で夢の世界から出て須田すだ君を助けられる程度には正気が回復していた」


 喧々囂々。

 二人のいさかいは止まりそうにない。


「──」


 今一番気にするべきことは心花このかちゃんのことであって、私じゃない。

 だけど、私の安全が確保されずにたてられた作戦は、気に食わない。


「『おしまい、おしまい』」


 ぽつりとつぶやき、元の姿に戻って二人に向き直る。

 私の言葉を伝える。


「二人とももうやめ! もうおしまい!」


 二人の動きがぴたりと止まった。


若葉わかばちゃ──」

永田ながたさ──」

奏汰かなた君は過保護すぎ、私にだってできることはある。才波さいば君は勝手すぎ、後で一発殴らせて。それで二人とも心花このかちゃんを助ける手段を一緒に考えて!」


 人生で一番大声だったんじゃないかというほど叫んだ。

 のどが痛い。

 霧笛むてき勝也かつやかい穗保すいほと違って、ながたわかばののどは大声出すのに向いていない。

 それでもこうしないと二人を止められないと思ったから。

 コホコホと咳き込む私に奏汰かなた君が飴を差し出してくれる。


「ごめん、若葉わかばちゃん」

「……私も大きな声出してごめんなさい」

「……心花このかに関わっているのは、魚みたいな怪物や血を吸う怪物とは違う本当に恐ろしい神なんだ。そこはわかってほしい」


 奏汰かなた君が漏らす。

 才波さいば君はバツの悪そうな表情を浮かべている。


「……それで? 永田ながたさんはここからどうしたいとかあるわけ?」

心花このかちゃんを助けたい。どうしたら心花このかちゃんを連れて帰れる?」

「夢の世界で肉体が破壊されれば元の世界に帰れる。置網おきあみ心花このかもそのくらい知ってるだろうから、それをしないってことは神がなんかしてるんだろうな。会ってみないとわかんねえけど」


 私はしょせん始めて一週間弱の初心者だから、私の説明だけじゃダメなんだろうな。

 あ、でもまって。

 心花このかちゃん言ってた。元の身体に戻れないって。帰るのをためらってるのはそのせいかも。


「あの、心花このかちゃん、人格記録帳パーソナル・メモリーズが必要だって。元の身体に戻るために。今のまま戻ってもロールプレイしたままになるって」


 聞いたことを思い出しながら、途切れ途切れに説明していく。


心花このかちゃんの人格記録帳パーソナル・メモリーズってどこにあるの?」

「それだったら──」

永田ながたさんが持ってる」


 奏汰かなた君が答えるより早く、才波さいば君が私を指さした。

 私?


永田ながたさんの人格記録帳パーソナル・メモリーズ置網おきあみ心花このかのを流用したんだ」

正臣まさおみっ、それって──」

「ちゃんと許可は取ってる」


 何か言おうとした奏汰かなた君を制止する。

 私が人格記録帳パーソナル・メモリーズを返せば心花このかちゃんが戻って来る。


「……人格記録帳パーソナル・メモリーズを返したら、私はもうロールプレイできなくなる?」

「…………ああ、貴重なものだから予備もない」


 才波さいば君は一言つぶやく。

 そっか。

 うん。

 そっか。────短い間だけど、楽しかった。

 開いた本を持つ仕草をすれば淡い光とともに人格記録帳パーソナル・メモリーズが現れる。


「これを渡せばいいんだよね」

「ああ、そうだけど……」

若葉わかばちゃん。本当にいいの? 未練とか……」


 奏汰かなた君と才波さいば君の方が気を遣うような表情をしてる。

 不思議。

 私の加入に消極的だったり、心花このかちゃん救出第一だったりしたのに。


「…………」


 瞬き一つ。

 短い時間で気持ちを切り替え嘘をつくロールプレイする

 たとえ他を捨てても貫きたいものがある。

 私は、二人を見て笑った。


「ないよ。心花このかちゃんが助かるんだから」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る