第14話 急転直下
「カイ女官は本当にすごいですね、
私が入るやいなや、チョウリンさんがぱたんと内側から扉を閉めて出られないように立ちふさがりながら、不穏な空気を醸し出す。
とてもとてもやばい気配しか感じない。
部屋の窓には板が打ち付けられているせいで薄暗く、床は物が散乱している。ベッドの上には
初めて見かける女の子。
知らない女の子。
口に出た名前は、
「チョウリンさん……?」
後ろで扉の前に立っている人と同じ名前だった。
瞬間、ぞ割とした気配が私を襲う。
「あはっ、すごい、わかるんだ!」
後ろにいたチョウリンさんの楽しそうな声が聞こえる。
怖い。振り返れない。
動けないでいる私のほうに、チョウリンさんだったモノが一歩一歩近づいてくる。
「
ひんやりとした手が、後ろから私の肩、そして頬へと触れる。
命を握られる感覚。
今後ろにいるのは誰? ううん、そもそもこの人は、人なの──?
凍りつきそうになる思考を嘲笑うようにチョウリンさんが告げる。
「
「……何の、話?」
かすれる声で尋ねる。
だけど、私の質問になんて答えてくれない。
「カイ女官も一緒に遊びましょう」
そう告げるチョウリンさんの言葉を合図にベッドに潜んでいたモノが動き出す。
来る。二体の化け物が、今、私の前に姿を現す──。
「──!」
それは思考を超えた先に在る未知のものに対する純然な恐怖。心が呑まれる。逃げ出したい、動きたくない、わめきたい、この場から消えてなくなりたい、様々な感情が膨れ上がり心を支配しようとする。
狂気に飲まれそうになる私を、理性が許さなかった。
理性が心を押しとどめた、ううん違うな、理性が思考を放棄したんだ。
理解しないことで、辛うじて正気を保つようにと。
「ハアっ、ハアっ」
槍を持った白いヒキガエルと、巨大なトカゲが立ちはだかる中、乱れる呼吸を整えてみるけど、どうしようかなあ、これ、生きて帰れる気がしない……。
女官は戦うお仕事じゃないって!
どうしよう……。
ジワリと目に涙が浮かぶ。
やばい、素に戻りそう。ここで単なる
乱暴に目をこすって涙をぬぐう。
私は
村一番の神童で大人相手にも物おじせず言い負かしてきた強い子、という設定のキャラ!
こんなところでビビッてちゃダ──。
「うぎゃあ!」
思考を遮るように巨大トカゲが私を踏みつけようとする。間一髪逃げ切ったけど、
いっそのこと、
いや、ダメだ。
生身の人間が戦っていい相手じゃなさすぎる。
槍を持った白いヒキガエルは手当たり次第に槍をぶん回してるから当たる確率低そうだけど、巨大トカゲが狙いを外すことはほぼなさそう。
「ほらやっぱり!」
大きな口を開け私を一飲みしようとした巨大トカゲの攻撃をよけながら叫ぶ。
考えろ、考えろ。
ここから生きて帰れる方法を!
今までの情報を思い出し、考える。
第三王妃は、理由があるから犯人は第二王妃だと考えた。でもチョウリンさんが犯人なら理由は何?
それまでは目撃情報だけだったのに、
最初の目撃情報が第一王妃の御殿。普通に考えればチョウリンさんが暮らしている女官宿舎か
何か別の道があるんじゃ――。
「っ!」
そこまで考えて部屋の中をぐるりと見まわす。
例えば本を動かすことで現れる隠し通路の存在とか。
「!」
あった!
あそこ!
本棚とベッドの間の壁。
床には本棚が動いた形跡が、壁は不自然にたわんだ箇所がある!
あそこが通路だ。
巨大トカゲの攻撃をよけ一目散に走っていく。
予想が当たっていてほしい。そんな願いとともに壁に体当たりをして、
「へ」
落ちた。
落ちた!
落ちてる、私!
壁の向こう、明かり一つない真っ暗な空間をただひたすらに落ちている。
「ええええええええ!」
絶叫するしかなかった。
浮遊感と奇妙な感覚に見舞われながら落ちていき、ドンッと派手に尻もちをつく。
「っう~~」
泣きそうになるのを何とか堪える。
だいぶ高いところから落ちた感覚だけど、お尻が痛くなっただけで済んだのは奇跡だし不思議。
いや、すぐには立ち上がれない程度には痛いけど。
でもっ、生きていることに比べれば平気だ!
自分に言い聞かせながら周囲の状況を確認していると、声がかかる。
「大丈夫、
絢爛豪華な衣装を身にまとった高校生ぐらいの女の人。松明を持っているおかげで暗い中でも姿が見える。とても親し気な笑みを浮かべているけど、この人は誰?
この国で
必死で思い出そうとしていると、女の人は眉を少し下げて寂しそうに笑った。
「やっぱりだめなのかな。──初めまして、私の名前は
「
「そうだよ。ロールプレイ体でごめんね」
目の前の人の顔をじっと見る。
切れ長の瞳に、降ろしただけの長い黒髪、話すと八重歯がのぞく猫のようなお口。
コノカちゃんとは違う容姿で名乗られてもいまいちピンとこないけど、逆にかえって
あ、でも、そう考えることこみであえてこの姿で……?
どうしよう、考えすぎて深みにはまりそう。
「
「!」
私が悩んでるのを察して、
「え、えっと、初めまして。
私が挨拶を返すと
「怪我してない? 大丈夫?」
「あー、うん、大丈夫!」
怪我はお尻だけです、とはさすがに言えなくて笑ってごまかす。
「私、
思えば誰かの口からはっきりと
私の問いに、
「病弱!? 私が?? 誰、そんなこと言ったの?」
「
「誰それ。……ああ、
「
「ええっ!」
「私は病弱じゃない。とはいっても、動けないのも事実だけど」
「どういうこと?」
「私は今、夢の世界に囚われているの。
命の肩代わりとか、神とか、聞き流していいはずがない情報であふれているけど、当の本人から悲痛さは一切感じない。
私だったら怖くてどうにもできなくなってると思う。
「怖くないの?」
「怖いよ」
「怪我するし化け物グロイし肝が冷えるし死にかけるし? 実際一度死んじゃったんだけどね」
「そんな笑顔で……」
「だってさあ、見て見ぬ振りしたら他の人に危険が及ぶんだよ。助けたいじゃん、みんなのこと」
屈託のない笑顔。
それは以前、
『みんなを助けるために行動する』『混乱とか恐怖とかそっちのけで、他人のために行動するんだ』
私は
それが私のロールプレイの原点。
「こ、
言葉を詰まらせながらも、声を上げる。
「んー、一つお願いしていい? 私の
「わかった。
「うん。この間一度脱出して元の身体に戻れたんだけどちょっと力を使ったらすぐ夢の世界に戻されたし体もこの体だったし、やっぱ記録帳ないとダメなのかなあって」
話を聞いて
「それって」
と言いかけたところで、言葉が止まる。
いる。
心花ちゃんの背後。暗くてよく見えないけど心花ちゃんの背後に何かいる。
言葉を詰まらせた私を見て心花ちゃんも気づいたらしく、険しい表情で後ろを振り返った。
「逃げて!」
「見ちゃダメ! 逃げて!」
持っていた松明を後ろの何かに投げつけ、
「あ」
体が再び浮遊感に見舞われる。
全力で突き飛ばされ転がった私は、どこかの壁に衝突する。
暗闇から明るい場所へ。
「誰だっ!」
眩しくて目をうまく開けない私の耳に人の声が入って来る。
誰かが私を見ている。
「お前──!」
息をのむ声。
ようやく視界が回復し見上げれば、
二人を見てすぐに告げる。
「
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