第13話 探索!詮索!

 空に浮かぶ二つの太陽。日差しは強いけれど眩しいだけで暑さは感じない。

 建物と建物の隙間に現れた私たちは、何食わぬ顔で人ごみに紛れる。

 清慧せいえ国王宮。

 えっと確か、手前にある大きな建物が役所のような働く場所で、後ろにある豪華な建物が王様たちの暮らすところだったはず。

 私は後ろの豪華な建物、才波さいば君は手前の大きな建物で働くことになっている。


「王宮に行けばすうらいって女官がいるはずだから合流して詳しいこと聞いてくれ。ま、当分は化け物がどこにいるかと化け物の信者がいないか探すことになるだろうけど。もし、奏汰かなた見かけたら、偉そうな態度とってるから笑ってやれ。あと──」


 寡黙設定のはずの才波さいば君はよくしゃべる。


「それから、何?」

「……もし置網おきあみ心花このかを見かけたらすぐに俺に教えてくれ」

「?」

「頼んだ。じゃっ!」

「ええっ! もっと詳しい説明を……!」


 呼びかけている間にも才波さいば君は走っていってしまう。

 なんだよ、も~。コノカちゃんがなんだっていうんだよぉ。


「……」


 コノカちゃん?

 才波さいば君や奏汰かなた君じゃなくてコノカちゃん?

 も~ほら、ちゃんと教えてくれないからわからなくなっちゃうんじゃん~。

 頬を膨らませながら王宮へと向かう。見えているのに中々門までたどり着かないのは建物が大きすぎるせい。人もすごく多いし、お城ってすごいんだな。

 ここで働く人はだいたい三種類に分かれる。


 一つ、官吏。手前の大きな建物、王城で働く人。政治のお仕事をしているらしい。男の人も女の人も働いている。

 一つ、女官。後ろの豪華な建物、王宮で働く人。王様一家のお世話をするお仕事。女の人しかいない。

 一つ、衛士。王城と王宮どっちにもいる人。王城、王宮全部ひっくるめて守るお仕事。男の人しかいない。


 見分け方もちゃんとあって、槍持ってるのが衛士。雪の結晶とふたつの太陽が描かれた丸い金属板を腰布に吊るしているのが官吏。月に向かう船が描かれた四角の金属板を腰布に吊るしているのが女官。

 習ったことを思い出し、ふぅっと息を吐く。

 私も腰布に四角の金属板を吊るしている。失くしたら大変らしいから、定期的に落としてないか確認しないとだな。


「……、……? …………っ!」


 えっ、ない!

 なんで? この短時間の間に失くした?

 えっえっ、やだ! どこに失くした。コノカちゃんのマンション? それはやばい。取りに帰れない!

 頼む、近くに落ちてて〜。

 すがる思いで当たりを探していると声がかかる。


「どうしました?」


 十代後半ぐらいの、楚々とした女官。優しげな雰囲気に思わず泣きつく。


「あのっ、女官の証である『金月船板』をどこかに落としたみたいで……!」

「まあ。──だったらこれを」


 女官さんは自分のつけていた金属板を私にさしだしてくれる。


「でもこれあなたの」

「私は予備があるので大丈夫ですよ。持っていてください」


 ぎゅっと私の手を包み込むように、金属板を握らせる。


「ありがとうございます」

「どういたしまして。それよりあなた、かい穂保すいほさん?」

「はい」

「良かった。私、スウ女官の代わりにあなたを案内しに来た蝶凜ちょうりんです。──あなたと同じく化け物退治をする者です」


 チョウリンさんがこそりと耳打ちをして、いたずらっ子ぽく笑う。

 違う世界の仲間!


かい穗保すいほです。よろしくお願いします!」


 勢いよく頭を下げる私を見て、チョウリンさんはほほえまし気な笑みを浮かべ、そのまま私の頬にキスをした。

 え。

 えっ!


「それでは頑張りましょう」


 何事もなかったかのように王宮に入ろうとする。

 ええっ!


「あっ、あの、いや、あの今の!」

「どうしました?」


 チョウリンさんはきょとんと首をかしげる。


「今、キス、キスした!」

「? ……ああ、あれはこの国の守護のまじないですわ。家族へ、親しい友人へ、恋しい人へ、良いことが訪れますようにという願いが込められているんです」


 はへ~。

 教科書には載ってない独自の文化というやつなのかな。

 親愛の証なら悪い気はしない。


「前後しましたが、お友達になりましょう」

「ぜひ!」


 うへへ、うれしいな。友達がもうできちゃった。


「さあ、こちらへ。王宮内を案内しながら今回の件について説明いたします」

「よろしくお願いします!」


 チョウリンさんに連れられ、王宮への門をくぐる。

 王宮はぐるりと壁に囲まれていて、東西南北に四人の王妃様用の御殿が用意されている。中央にある一番大きな御殿は王様用。王様御殿と王妃様御殿は渡り廊下で繋がっているけど、王妃様用の御殿どうしは繋がっていない。

 つまり、室内を移動するなら必ず中央を通るということ。

 外壁周辺には女官や衛士用の宿舎、休憩室が用意されている。


「事の発端は五か月前です。第一王妃様が夜、怪しい影を見たそうで王宮内をくまなく探したのですが何も見つからず、しかし目撃情報は王宮王城関係なく日に日に増えていきました。いわく槍を持った何かがいたと。警戒は怠らずいたのですが、先日ついに負傷者が出ました。それがこの部屋の主、おう香鈴こうりん一等女官長です」


 一通りの案内が終わった後、私たちは女官用宿舎内へと入る。

 多分、女官としてどれだけ偉いかで部屋の大きさが変わって来ると思うんだけど、だとしたらおう香鈴こうりんという人はとても偉いんだと思う。

 私の部屋の倍はありそうな広さ。天蓋付きのベッドで上半身だけ起こして私たちを迎えるおう香鈴こうりんさんはほっそりとした美人の大人の女性だ。この人が王妃様ですって紹介されたら信じちゃいそう。


おう一等女官長様、本日より配属されたかい穗保すいほをお連れしました」


 挨拶をするチョウリンさんに合わせ、私も頭を下げる。


「櫂穗保です。よろしくお願いします!」

「第三王妃様にお仕えしているおう香鈴こうりんよ、よろしくね。こんな格好でごめんなさい」

「いえ。少し青ざめて見えます。お体の具合いかがですか?」


 ほっそりしているのは食べていないせいじゃないかと思った。ベッドの横の小さなテーブルには手の付けられていない食事が残っている。

 おう香鈴こうりんさんはその表情に陰りを見せる。


「怪我はもう治っているの。でもあの化け物がまた来るのではないかと思うと怖くて……」


 体を小刻みに震わせ、自身を抱きしめるように腕をつかむおう香鈴こうりんさん。

 チョウリンさんがスッと動き、おう香鈴こうりんさんの背中を優しくさする。


「大丈夫です、落ち着いてください。我々がついています」


 語りかけるような穏やかな声。

 おう香鈴こうりんさんも次第に落ち着きを取り戻していく。


おう一等女官様、お辛いでしょうが化け物を捕まえるためにもう少しお話詳しく聞いていいでしょうか?」

「え、ええ。取り乱してごめんなさい。大丈夫よ」

「さあ、カイ女官。聞きたいことがあれば聞いて」


 チョウリンさんが私に視線を向ける。須田君に聞いたのと同様、聞き込みというやつをしなきゃいけないんだ。

 んーと、こういうときに聞くべきなのは……。


「襲われたときの状況をもう一度教えてください」

「一週間前のことよ。夜、第三王妃様の寝室に寝る前のお水をお運びしたの。その帰り道、第三王妃様のご息女、玖桜くおう王女様の部屋で話声が聞こえたから、どなたかいらしているのかと思い向かおうとしたところで槍を持った化け物と遭遇したわ」


「化け物はどのような見た目でしたか?」

「たとえるなら大きなトカゲ、かしら」

「大きなトカゲが槍持っていたら怖いですね」

「あ、違うの。トカゲは槍を持っていなくて、もう一体、後からやってきた白いヒキガエルのようなものが槍を持っていたわ」


 姿の違う化け物が二体!

 聞いてて良かったかも。不意打ちされたらやだもん。夜の暗い時間にトカゲとヒキガエルと会うなんて嫌すぎる。


「夜というと何時ぐらいですか?」

「正確な時間まではわからないけど、八時ごろね。毎日そのくらいの時間にお持ちしているわ」

「夜八時……。そんな時間に玖桜くおう王女様は誰とお話していたんでしょう?」

「さあ……。あの日から私はここでこもりきりだから。王妃様はいらしてくださってけれど、玖桜くおう王女様からは何も」


 非難というよりはあきらめに似た表情を浮かべる。

 一瞬、おう香鈴こうりんさんの傍に控えるチョウリンさんが顔をしかめたように見えた。


玖桜くおう王女様は……」

「あの方のことを聞こうとしても無駄よ。あの方は……」


 そこでおう香鈴こうりんさんが口を閉ざす。ええ、なんで黙っちゃうの!


玖桜くおう王女様がどうされたのですか?」

「……」

「教えてください!」

「……」

「もしかしたら玖桜くおう王女様が何か知ってるかもしれませんよ!」

「……」

「誰にも言いませんから!」

「……」


 必死に交渉してみるけれど、答えはすべてノー。ガードが堅い。


「ごめんなさい。お仕えしている方のことをむやみやたらと言いたくないわ」


 うぅ~。どうにか聞き出せないかチョウリンさんの方を見るけれど、チョウリンさんはあきらめましょうとばかりに首を横に振るだけだった。

 チョウリンさんが言うなら仕方ない。

 ここはおとなしくあきらめよう。

 その他に聞いておくとしたら、


「些細なことでもいいんですけど、何か気になったことはありませんか?」

「そうねえ。関係ないことでもいい?」

「はい」

「化け物と会う前日くらいかしら。中央殿の書庫に寄ったのだけれど、配置がバラバラになっていたのよね。戻せるところは戻したけれど、誰があんな適当な片付け方したのかしら」


 おう香鈴こうりんさんは頬に手を当て、ため息交じりに眉根を下げる。

 確かに事件とは関係なさそう……?

 一応見に行くかな、ぐらいかな。


「お話、ありがとうございます」


 聞きたいこともなくなったし、頭を下げる。


「私も失礼します」


 チョウリンさんも一礼して、二人で部屋を出ていく。

 女官宿舎を歩きながら、チョウリンさんが、


「カイ女官は経験が少ないと伺っていましたが、とてもよく質問できていたと思いますよ」


 小さな拍手とともに私を褒めてくれた。


「そんな~、玖桜くおう王女のこと聞けなかったしまだまだですよお」


 謙遜しながらも顔が笑っちゃう。

 褒められた。うれしい。


「チョウリンさんは玖桜くおう王女のこと、何か知らないんですか?」

「さあ。玖桜くおう王女様のことはわからないわ」


 チョウリンさんは口元に手を当て、困ったように笑う。


「そう、なんですね」


 …………あれっ? 今、チョウリンさんに嘘つかれた?

 何かごまかされているような感じがしたよ。

 えっ、なんで。


「あの……」

「さあ、次はどこに行きます? 得た情報をもとに新たな場所に向かうのも探索のコツです」


 チョウリンさんはにこりと微笑む。

 その笑顔に怪しいところはない。


「……では第三王妃様と玖桜くおう王女様のところに」

「わかりました。向かいましょう」


 反対されることもなく東御殿のほうへと歩き出す。意外とあっさり要望が通った。

 もしチョウリン様が玖桜くおう王女に関わっているとしたら、反対するはずだよね。

しないってことは、さっきのは私の気のせい……?

 そもそも玖桜くおう王女と化け物に関係があるというのも私の考えすぎで、何か別の事情があるとか……?

 もだもだと考えていれば東御殿へとたどりつく。

 東御殿への入り口には衛士がいたけど、新人が挨拶に来たと告げればあっさり通してくれた。警備がザルなんじゃなく、チョウリンさんが信頼されているからなんだろう。

 御殿内はさすがにぴりついていて、ここで化け物が出たのだと実感させられる。

 東御殿最奥。

 大きな扉を開ければ、十数人の女官に囲まれた第三王妃様が待っていた。

 チョウリンさんが片方の手でこぶしを作り、もう片方の手で包む挨拶をして頭を下げる。


「第三王妃様にご挨拶申し上げます。蝶凜ちょうりん、本日より王宮で働くかい穗保すいほを連れてまいりました」

「第三王妃様にご挨拶申し上げます。本日より配属されましたかい穗保すいほと申します」


 チョウリンさんの真似をして、私も挨拶をする。

 挨拶の仕方は才波さいば君に習った。

 許可があるまで頭はあげちゃダメ。声がかかるのを待っていると、数秒のち、


「面をあげよ」


 と、許しが出る。


かい穗保すいほ、このような時によく参った。しっかり励むがよい」

「もったいないお言葉、心にしかと刻みます。第三王妃様、玖桜くおう王女様に置かれましても心痛いかばかりかとお察し申し上げます」

「フン。犯人はわかっておる」

「といいますと?」

「第二王妃だ。はじめは第一王妃のところに現れ、此度は我のもとに現れた。王の愛を独り占めにしようとする第二王妃が呪いで怪物を呼び寄せたのだ!」


 第三王妃様はわなわなと肩を震わせる。

 なるほど~? 王様が四人の人と結婚してるって聞いて驚いたし、四人の奥さんはお互いのことどう思ってるんだろうって思ったけど嫉妬はあるんだ。

 でもそれなら第四王妃様は?


「恐れながら、第四王妃様の可能性はないのでしょうか?」

「ない。あやつは今、心を病んで療養のため王宮を離れておる。半年ほど姿を見ておらん」

「そうでしたか。寡聞にして知らず、失礼いたしました」


 そういう重要なことは教えといてよ、才波さいばく~ん。

 言ってもしょうがない恨みごとを唱えつつ、ちらりと第三王妃様の様子を伺う。第三王妃様は「気に食わない奴は死刑」とか言い出すほど短気な人ではなさそう。

 ちょっと賭けに出ようかな。


「この後、玖桜くおう王女様にもご挨拶申し上げたいのですがよろしいでしょうか?」

玖桜くおうに……?」


 第三王妃の眉根がピクリと上がる。

 本人のことを知るなら本人と直接話せばいいんだ。勝手に会いに行ったら怒られるかもしれないから、玖桜くおう王女のお母さんである第三王妃に許可をもらえばどうにかなるかも。

 頼む、良いって言ってくれ~。


「……よかろう。年の近いものが来ればアレの気もまぎれるやもしれん」


 やったあ!!


「ありがとうございます!」


 思わず声が弾んでしまう。

 浮かれる私に、突然、射貫くような視線が突き刺さった。

 誰?

 相手を確かめるため視線を周囲に向ければ、チョウリンさんと目が合った。

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