第12話 勉強があるの……?

ドサッ

ドサドサッ

ドサドサドサッ

ズシッ


「これは……?」


 放課後、奏汰かなた君の家ではなくコノカちゃんのマンションに来た私は、椅子に座るや否やテーブルに積まれていった大量の本を指差し尋ねる。


「日曜行く予定の清慧せいえ国についての資料だ」


 答えたのは才波さいば君。

 奏汰かなた君はこの場にいない。


清慧せいえ国?」


 聞いたことのない国。


「どこにある国なの?」

「異世界。こことは違う世界。この世界と夢の世界の狭間にあって、たまに化け物退治の協力するんだ。今回も、城で化け物の目撃情報が相次ぐから来てくれって依頼があった。そこに永田ながたさんを連れて行く」

「そんな……」


 勝手に決められてるなんて。

 まずは行くかどうかの確認じゃだめだったのかな。


清慧せいえ国は昔の中国っぽい感じだけど全然違う世界だから覚えることもたくさんある。日曜までに詰め込むぞ」


 一分一秒でも惜しいと言わんばかりの勢いで説明を終える。

 詰め込むって、この量の情報を?

 日曜までに?


「あと二日しかない……」

「そうだよ。今日と明日で覚えるんだ。明日土曜で良かったな」

「そんな……」


 良くないよ。

 そして土曜日の予定も決められてしまっていた。


奏汰かなた君はどこ……?」

「別件で先に行ってる。俺は永田ながたさんに教えるため残った」

「そんな……」


 丁寧に教えてくれそうな奏汰かなた君に助けを求めたかったのにいない。


「それから、これもな」


 まだあるの……!

 震える手で才波さいば君から紙を受け取る。そこには、名前、年齢、性別、出身地をはじめ誕生日や家族構成、性格、口調、好きな食べ物、嫌いな食べ物、趣味、思い出に残る具体的エピソード等、人格記録帳パーソナル・メモリーズに記載したほうが良い事柄がびっしり書き連ねられていた。


「これを参考に今回のキャラを作れってさ。奏汰かなたからの伝言。あいつ毎回これだけ書き込んでるんだぜ。絶対俺の方がやりやすいよな」


 確かに短文三行説明の『霧笛むてき勝也かつや』と違っていろいろ考えなくちゃいけないから大変そう。でも考えた分だけロールプレイに反映できそうで良いな。


「とりあえず必要最低限記録帳に書き込んで、そのほかは清慧せいえ国のことを覚えながら書き込んでいく。んで、座学に飽きたら踊りの練習だ」

「おど……! なんで……!」

「覚えていた方が都合がいいからだよ。記録帳補正でまったくできないってことはないけど、より高みを目指すなら練習しなきゃいけない」

「どうやって……」

「決まってんだろ、俺が教えるんだよ!」


 そう言って、才波さいば君は本を開く仕草をする。

 才波さいば君の人格記録帳パーソナル・メモリーズが機能する。

 すらりとした手足、くっきりとした目鼻立ち、アラビアン衣装を身にまとった才波君は、きれいな踊り子へと変身した。

 とっても魅惑的な人。

 でも中身は才波さいば君。


「このキャラは踊りと歌と演奏が得意だ! 清慧せいえ国の舞だってできる。さあやるぞ」


 優雅さの欠片もない動作で私に本を押し付ける。


♦♦♦


 清慧せいえ国は遥か昔、氷に覆われた常闇の大地だった。

 太陽が二つ現れたことで氷が解け、人が住めるようになった。以降清慧せいえ国は一月に二回しか夜が来ない国になった。そのため国民は月夜を大変ありがたがり──。


「舞の型はこう!」


 清慧せいえ国は四つの特別都市と百一の州で構成され──。

 山間の州では──、海の近い西方部は独自の貿易を──。

 各州によって立場が違い、現王朝を支持する北部地域でも──。


「手の角度が違う! つま先まで意識しろ!」


 ──この時期の清慧せいえ国は文化形成期に当たり、多くの文化人を輩出した。

 現王朝は──。


「動きが小さい! もっと堂々と!」


♦♦♦


 日曜日の朝。

 金曜、土曜と散々しごかれた私は、すでに疲れ切った状態でコノカちゃんのマンションを訪れる。

 フロントまで来て、部屋の番号を押す前に小さくため息をついた。

 正直押したくない。

 憂鬱。

 あれだけ教えてもらったのに結局私は三割も覚えきれなかったんだ。

 でも行かないわけにもいかず、インターホンを鳴らして開けてもらい、エレベーターに乗ってコノカちゃん家の部屋がある七階へ。七〇三号室のチャイムを押せば、才波さいば君が出迎えてくれる。


「おはよう」

「おはよう。お邪魔します」


 ぺこりと頭を下げて中に入る。


永田ながたさん、昨日ちゃんと眠れた?」

「え、うん、えっと、眠れたよ」


 えへへと笑ってごまかす。ごめんなさい、睡眠時間三時間くらいです。才波さいば君に教えてもらっただけじゃ覚えきれなかったから、家に帰ってからも遅くまで起きて勉強していました。

 それで三割……。

 うぅ。

 役立たずな自分を見られたくなくてそそくさと下を向きながら廊下を歩き、リビングの扉を開けると、大きな魔法陣が目に飛び込んできた。床一面に敷き詰められたたくさんの紙に、でかでかと魔法陣が描かれている。


才波さいば君、これ……!」


 驚きの声をあげながら才波君の方を向く。


「移動用の魔法陣だよ。奏汰かなたがいないから本読んで頑張って覚えて描いた」

「すごい、魔法って本当にあるんだ」

「化け物と戦ってながら今更」


 私の間抜けな発言に才波さいば君がハハっと笑う。


「これ、私が帰ってから用意したってことだよね」

「そうだよ」

「ずっと私に教えてくれてたのにその後もいろいろ準備してたなんてすごい」

「いや、それをいうなら永田ながたさんもだから」


 腰に手を当て、呆れた口調で才波さいば君が言う。

 私が?

 物覚え悪くて迷惑かけてた記憶しかないけど。


「初めて会った時から思ってたんだけど、永田ながたさん、無理って絶対言わないよな」

「え、そう、かな」

「根性あるよ」

「え、えっと、考えてること口に出すのが苦手なだけで、ずっと無理だって思ってるよ。根性あるわけじゃない……」

「言わないならはたから見たら根性あるやつだよ。……、だから──ことに罪悪感感じるんだけど」


 最後、才波さいば君が小さくぼやく。

 なんて言ったか聞き取れなくて首を傾げれば、才波さいば君は気を取り直したように私の背中を強くたたいた。


「よし、変身するぞ」

「え、う、うん! 『はじまり、はじまり』」


 才波さいば君は本を開く仕草を、私は開始の合図を唱える。

 永田ながた若葉わかばあらためかい穗保すいほ。十四歳。清慧せいえ国第三王妃の宮で働く新人女官。物おじしない性格。

 才波さいば正臣まさおみあらため耀よう。十七歳。清慧せいえ国の往生で働く衛兵。寡黙。

 魔法陣に乗り、いざ清慧せいえ国へ。

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