第六話:機械への心と千紗の情熱

 2回目の過去遡行も順調だった。高二の春の頃に巻き戻すことが出来た。若さを手に入れた私は最強よ、と笑いながら鏡を見て恍惚としていた。家には過去にはいなかった猫ちゃんと朝田さんがいる。


 猫ちゃんの毛はふわふわで、まるで絹のように滑らかだ。その子の瞳は深い緑色で、まるで森の奥深くを覗き込んでいるかのような神秘的な輝きを放っている。最初は少し警戒していたけれども、すぐにその小さな体をリラックスさせ、家の中を自由に歩き回る姿は、見る人を自然と笑顔にさせる。


 一方で、居候の朝田さんは、猫ちゃんの登場によってさらに変わってしまった。普段は真面目で几帳面な彼も、猫ちゃんが近くにいると、その表情が柔らかくなり、目尻が下がる。


 彼のスマートな学生服の襟を引っ張って猫ちゃんに触れたり、床に座り込んで猫ちゃんと遊ぶ姿はまるで子供のようだ。猫ちゃんが自分の膝の上に乗ってくると、彼の顔には言葉にできないほどの喜びが溢れる。


 時折、彼は課題を広げているにもかかわらず、猫ちゃんの小さな足音が気になるのか、ペンを置いて猫ちゃんの動きをじっと見守っている。その目線の先には、猫ちゃんが特技を披露している様子が映っている。たとえば、ソファの上で背中を丸めてジャンプしたり、狭い隙間に頭を突っ込んで遊んだりする姿が、彼にとってはたまらなく愛おしい。


 猫ちゃんが昼寝をしているときには、彼はその周りに静かに座り込み、ほんの少しでも動かさないように細心の注意を払う。猫ちゃんが目を覚ました瞬間に笑顔を見せ、また新たに遊び始めるその姿は、まるで一緒に暮らす家族のような親密さを感じさせる。


 この家には、猫ちゃんによって新たな空気が流れ始めた。居候の男もその影響を受け、日常の中に小さな幸せと和みを見つけるようになった。猫ちゃんがいることで、家の中にはさらに温かい雰囲気が漂い、誰もがその癒しの力を感じている。


 静かな午後、窓から差し込む陽光が部屋を温かく包んでいる。千紗は、自分の手助けが猫を救い家族の支えとなっているのかを思い起こし、心の中に穏やかな満足感が広がっていく。以前、自分が手を差し伸べたあの瞬間が、今や他の誰かの支えとなっていると知ることができ、胸の奥に柔らかな誇りが生まれる。


 家族たちが笑顔で感謝の言葉を交わし、彼らの支え合う姿を見るたびに、あなたは自分の行動が確かに意味を持っていたことを実感する。その静かな充実感は、何も大声で語らずとも、心の奥深くで確かなものとなり、満ち足りた気持ちをもたらす。


 過去遡行してきて、過去と向き合えて本当に良かったな。だが、満足するのはまだ早いだろう、このまま行っても未来の私はきっとニートだ。


「朝田さん! 私を『トーマスの発明の種』に連れて行って!」


「どうしたの? 急に…そんなこと言って」


「私もっと機械工学を勉強して発明を学びたいの」


 千紗はその瞳に輝きを宿しながら、全身を貫くエネルギーを感じていた。最近のことだが、毎朝目を覚ますと、千紗の心は新たな発明の構想でいっぱいになる。千紗の頭の中では、日々の生活をより良くするためのアイデアが次々と生まれ、夢中になってその実現に取り組んでいた。


 だが、一人でやるには限度があるし、やりたくても出来ないこともある。


 千紗が何よりも大切にしていたのは、ただの成功ではなく、自分の発明によって他の人々を支え、より良い未来を創ることだった。そのために彼女は、どんな困難にも立ち向かう覚悟を持ち続け、毎日全力で努力し続けていた。千紗の心には、常に他者の幸せを願う強い気持ちが息づいており、その信念が千紗を支え、さらなる創造力を引き出していた。


「そんなに真剣に頼まれたら…無下にはできないなぁ」


「やった!」


 朝田さんに感謝を伝えるために彼の手をぎゅっと掴んだ瞬間、彼の体が微かに震えるのがわかった。指先に伝わる緊張感は、彼がどれほど恥ずかしがっているのかを物語っている。


 視線を合わせると、頬が少し赤くなり、目をそらす彼の姿が可愛らしくてたまらない。彼の心臓の音が、私の手のひらにまで伝わってくるようで、私の気持ちもどこか軽くなっていく。彼の反応に、私は心の中で小さく笑いながら、もう少しこの瞬間を楽しんでいた。



 心は大人でも身体は男子高校生なんだろうな。


 ーー


 ここが『トーマスの発明の種』の会社だよと紹介してくれたビルはよくある中小企業といった簡単な建物だった。


「へぇ、ここが」と、感嘆するかのような声を出して、まじまじと建物をみる。


「いらっしゃい!」と、窓から元気のいい声が聞こえてくる。


  どこか朝田さんと雰囲気の似た女性はひょいっと窓を飛び越え丁寧に着地した。10メートルほどの高さからの落下を無傷で…音も立てずに、果たしてどんな技術なんだろうか?


 「先に紹介するよ…あれが姉の朝田志保。元気すぎてストレスだからあんまり話さない方がいいぞ」


 「いいお姉さんじゃない! エンタメもわかってそうだし、何よりどうやって着地したのかすごく気になる!」


 お互い挨拶を済ませた後話は機械の話へと変わっていった。自身の持っている知識を総動員して、構造などを覚えていく。


 そんなプロセスがこの会社内では数千数万と行われてきた。アイデアを出し合い、それぞれ協力する。それらには発明家としてのプライドが見られて商品には努力の痕跡が見られる。


 過去遡行の懐中時計はまだ試作段階だが、理論を聞く限り一般化することも可能だと思った。


 学校と会社を行き来する間にすっかり、私は機械工学にハマっていった。


 ーー


 夏が猛スピードで過ぎ去る様子はまるで光の中で踊る影のようだ。


 初夏の朝、空は真っ青で、太陽が力強く照りつけ、地面が熱を帯びる。セミたちの鳴き声が、夏の鼓動を刻むかのように、昼の光景を賑やかさを演出している。日が高くなるにつれて、熱風が波のように押し寄せ、瞬く間に汗が肌に浮かんできた。


 しかし、夕暮れが近づくと長い影がゆっくりと伸び空が赤く染まり始める。夜が訪れると、夜空の星々が一層鮮明になり、空気がほんの少し冷やされる。虫たちのささやきが、夏の終わりを告げるメロディーのように響いてくる。


 その儚い夜のひとときもあっという間に過ぎ去り、再び朝が訪れると、夏の色合いは一層深まり、熱気が一層増してきた。時間の流れが加速するように感じられ、夏が一瞬の夢のように過ぎ去っていく様子は、季節の移ろいの速さを物語っているようだ。気づけば、秋の気配がすぐそこまで迫っており、夏の記憶が淡く、遠いものとなっていったのだ。


 秋といえば何を思いますか? 読書の秋、食欲の秋…いえ、千紗にとっては発明の秋です。


 機械工学の発明に魅了されていく千紗はまるで未知の世界に足を踏み入れるかのようだった。最初は小さな部品や図面から始まり、次第にその複雑さと奥深さに引き込まれていったのだ。


 機械の動作原理や設計の細部に触れるたびに、その精巧さに感動し理解が深まることで興奮が増していく。


 アイデアが形になる瞬間の喜びや、思い通りに動く機械を見たときの満足感は、ますます探求心をかきたて、失敗や試行錯誤も、学びと成長の一部として受け入れられ、困難を乗り越えることで得られる達成感がさらに強い興奮をもたらすのだ。


 その過程で、機械工学の技術や理論に対する理解が深まり、技術者としての自信や誇りが育まれくるのだ。まるで一つ一つの発明が、未知の地図の新しい一片を埋めていくような感覚が連続している。


 千紗はずっと会社に通っていたおかげでアイデア力や構想力だけでなく立派な創作術も手に入れた。


 高二の秋、1番の山場は発明コンテストだ。







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機械仕掛けの恋心 蒲生 聖 @sho4168

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