第7話約束

 ほくほくのご飯がほんのり甘く口の中に広がる。掛かったふりかけがパリパリと音を立てて、甘いご飯に微かな塩味をもたらした。

『今日の最高気温は三十三度。夜間でも二十八度と寝苦しい熱帯夜が続くでしょう。十月に入り、暦の上では秋になりますが、まだまだ暑い日は続きます。熱中症には、くれぐれもお気をつけください』

 天気予報士は涼しい顔でそう告げた。彼女の服装も真夏の装い。学校の制服は冬服着用ができる時期にはなったけれど、こ

の暑さで着るような人は誰もいないのは、容易に想像できる。

家の外ではシャワシャワとまだ蝉が鳴いていた。もはやどこからが秋でどこまでが夏なのか、よく分からなくなった時代だと思う。

 天気予報のコーナーは終わり、朝の報道番組の要である昨今のニュースが報じられる。左上に表示される時間の隣、占いコーナーはこの時間から表示されるのは変わっていなかった。

「黄色、ね」

 ラッキーカラーを身につけたから、その日の全てが上手くいくとは、もう思わない年齢にはなったけど。それでもおまじないみたいなものだからと、ポケットに黄色のハンカチを忍ばせた。


 久しぶりに時間に余裕を持って登校すると、学校の最寄駅から校舎への道を実花が歩いているのが目に入った。今がチャンスと歩調を早めて、私は彼女の隣に並んだ。

「おはよ」

「藍瑠! おはよー! ってか、なんか久しぶりだね、朝一緒になるの」

 実花は嬉しそうに笑うと歩調を緩めた。

「ここのところ朝起きるの遅かったから」

「だよねー。藍瑠の夏休み長いんだから」

 冗談を言って笑う実花。普段よく見ていたこんな風景も、どこか久しぶりな気がする。そう感じるくらい、私は彼女に向き合っていなかった。

「ごめん」

「え、何が?」

 キョトンと不思議そうな香りをした実花は、赤信号に歩みを

止めた。

「いや、その、最近さ」

「あ、昨日のこと? いいよ気にしてないし、藍瑠は体育苦手なんだから、体育祭に乗気じゃないのも理解できるし。むしろあたしの方こそごめんね、なんか無理矢理種目選ばせてさ」

 謝られるとは思ってもいなかったから、驚いて実花を見た。彼女は、青くなった信号に従って学校への道を再び歩み始めた。

「実はこの間、藍瑠がスポーツシューズ忘れた日にね、クラスの何人かが藍瑠の運動音痴をバカにしてたの。あんまり荒立てたくなかったから、テキトーに済ませちゃったんだけど、あたしちょっと悔しくってさ」

「どうして?」

「だって藍瑠は運動は苦手だけど勉強は私の三倍得意じゃん! いつも高得点取っててすごいし、人には向き不向きがあるのにさ。藍瑠は人見知りだから、なかなか他の人と馴染みにくいだけなのに、まだ知り合って半年しかないクラスメイトからあんな風に言われるのって、あたし嫌なんだよね。だから体育祭で一緒に頑張って、藍瑠のこと文句言ったクラスのやつら、みんな見返してやりたかったの」

 ギャフンと言わせてやるんだから! と実花は意気込んだ。

そっか。私はずっとそれを誤解して、こんなに私を思ってくれる友人を遠ざけていたんだ。昨日の種目選びで、結局二人三脚を選んだのも、私と一緒に転んで恥をかけばいいだなんて、ひどい考えからだった。なんて最低な友人だったんだろう。

「ごめんね。私の方こそ、色々勘違いしてた」

「いいよいいよ。それくらい誰だってするでしょ? それより二人三脚、練習頑張ろうね!」

「うん、特訓よろしくね」

「藍瑠も今度の中間テスト、勉強の仕方教えてよね!」

「もちろん!」

 気がつくともう正門の前まで来ていた。こんなに足取り軽く楽しく登校したのは、随分久しぶりな気がした。それだけ私の中の負の要素ーー亜十夢が広がっていたのかもしれない。それでも。

 ありがとう亜十夢、チャンスをくれて。私ももう一回信じてみるよ。生き足掻いてみるから。ロクでもないこんな世界を。

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Route 2. 成瀬哀 @NaruseAi

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