お墓で聞いた手毬唄
烏川 ハル
お墓で聞いた手毬唄
「そういえば……」
何の気なしに母が呟いたのは、テレビのオカルト番組を見ていた時だった。
「……昔、おばあちゃんが言ってたわ。『うちの一族には幽霊を
40年以上昔、いや50年くらい前の出来事だ。
その時テレビでやっていたのは、確か犬神憑きのエピソードだったと思う。
犬神に憑依されて様子のおかしくなった女性だが、見るからにちゃちな映像だった。「様子がおかしくなった」というより、ただ単に犬の物真似をしているようにしか見えなかったほどだ。
子供心にもしょせんインチキ番組と思っていたし、そもそも私は超常現象なんて信じていなかったから、母の発言には驚いてしまう。同時に、直接的な幽霊やお化けが出てきていないタイミングで「そういえば」と言い出したことに、いかにも彼女らしいとも感じていた。
「『おばあちゃん』って、僕のおばあちゃん? おかあさんのおばあちゃん?」
「ええ、私のおばあちゃんの方よ。彼女が言うには……」
創作物に出てくる幽霊のイメージは、白い服を着ていたり、足がなかったり、ふわふわ浮いていたり、ぼんやり透けて見えたり。
しかし母の祖母が実際に目にしたのは、生きている人間と変わりない姿。ただ物理的に直接手で触れることが出来ず、他の人には見えないことだけが、その特徴だという。
「……でも私は今まで一度も、そんなもの見たことないからねえ。本当に『うちの一族』に霊感があったとしても、私の代までは遺伝しなかったみたい。もう血が薄まっちゃって、消えちゃったんじゃないかしら」
「でも、幽霊の見た目が『生きている人間と変わりない』っていうなら、今までお母さんも幽霊を目撃したけどそれを幽霊だと気づいていなかった、普通に生きている人と誤解した……って可能性もあるよね?」
「あら、もしかして期待してるの? 『自分にも特別な
これに対して、私は強く首を横に振ってみせた。そもそも私は、オカルト否定派だったのだから。
すると母は微笑みながら頷いて、
「そうよねえ。『幽霊が
それでその話は終わりとなった。
――――――――――――
そんな昔の話をふと思い出したのは、田舎に墓参りに来たからかもしれない。
立派な山門を
「次の
小さく独り言を呟く。
本当に広い墓地であり、初めて来た時は軽く迷ったくらいだ。それ以降、心の中で墓の数を数えなから歩くようにしていた。
目印となる場所を曲がった瞬間、子供の声が聞こえてくる。喋り声ではなく、歌声のようだった。
そちらに視線を向ければ、ちょうどうちの墓の前だ。赤い着物で黒髪おかっぱ、まるで日本人形みたいな女の子が、ボール遊びをしていた。
いやボール遊びというよりも、これは毬つきと言い表すべきか。表面に糸で模様が施されていて、あまり弾みにくそうな球だ。
私も実物を見たことがないほど昔風の『毬』だけれど、以前に読んだミステリー小説の表紙に描かれていたのがパッと頭に浮かんできたので、手毬だと理解できた。ちなみにその小説は、悪魔じみた犯人が手毬唄モチーフの連続殺人を行うという内容。
目の前の少女はそんな血生臭い出来事とは無縁だとしても、歌いながら毬つきしているということは、あれは手毬唄なのだろう。
昔風の服装で、昔風の遊具で、昔風の遊び。
よく似合っている姿ではあったが……。
「だけど、墓地で遊ぶなんて
まだ少し離れていたので、少女に話しかけるというよりも独り言だったはず。だから返事も反応も期待していなかったけれど、まるで私の言葉に呼応したかのように突然、笛の
横や後ろからでなく、頭上からみたいだ。
ハッとして見上げると、大きな茶色の鳥が一匹、澄んだ青空を優雅に飛んでいた。ならば今のは笛でなく、この鳥の鳴き声だったのかもしれない。
「別に私への反応じゃなかったわけか……」
自意識過剰を苦笑しながら、視線を墓と少女の方へと戻すと……。
視界に入るのは、霊園に並ぶ墓だけ。赤い着物のおかっぱ少女は、煙のように消えていた。
一瞬のうちに彼女は、近くの墓石の影に隠れたのだろうか。毬つきに飽きて、今度は隠れんぼだろうか。あるいは……。
「そもそも最初からいなかった……。見間違えとか目の錯覚、ただの幻だったのでは?」
自分でも信じていない言葉を口にする。
心の中では「お盆だから、ご先祖様が帰って来たのかもしれない」と思いながら。
(「お墓で聞いた手毬唄」完)
お墓で聞いた手毬唄 烏川 ハル @haru_karasugawa
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