夢との狭間

弓野愛花

第1話

僕は二十代後半。普通のサラリーマンだ。毎日同じことを繰り返す日々。別にそれはそれでいいかもしれない。

でも、昔のことを思い出すとチクチクする。

学生時代はうまくいかなかったな。たくさん傷ついた気がする。もしうまいこといって高学歴になったりしたら良かった、なんて思う時はあったけど、もうあってないようなもんだ。

今は金持ちではないけどそれなりに幸せな日々をおくっている。それでいい。



それはある日のことだった。僕はいつも通り会社に行き、帰ってきてお弁当をレンジでチンして食べて、お風呂にはいって1日の任務終了。

そのあとはほんの少しゲームをして明日に備えて寝る。別に普通の日。特になにも思うこともなく夢の世界へ羽ばたいていった。


起きたら、どこかの学校にいた。自分の通っていた高校にもにている。中学校にも小学校にもにてる気がする。記憶が曖昧だ。どこかはわからないがどこかの学校の渡り廊下の真ん中にポツンと1人立っていた。そして時間は夜のようで誰もいない真っ暗な学校に1人。このときはまだ不思議なこととしか思っていなくて恐怖のような感情はなく、小学生の頃は夜の学校は怖かったなぁと懐かしさにふけっていたくらいだった。


ところが静寂を打ち破るように

「逃げなさい」

そういう声が聞こえた。

どこから聞こえた声で、いったい何から逃げるのか全くわからなかったが、背中がゾクゾクするのを感じる

「誰かいるんですか?何から逃げるんですか?」

姿は見えないけれど、誰かいるかもしれない。

そう問いかけると

「緑の扉に入らないように あとはどこでも

とりあえずつかまらないように」

緑の扉ってなんだろう。何がいてどこに逃げるのか全くわからなかった。

しかし、コツ、コツ何かが近付いてくるのがわかる。

これは本当に逃げないといけないかもしれないと本能が感じた。

逃げよう。そう思い僕は足音がする反対の方向へ走り始めた。

不思議なことに走り始めると地理がわかる。やはりいつかに通っていた学校なのか?そんな疑問を抱えながらとりあえず走る。

相手の足音はコツ、コツ、明らかにゆっくり動いているはずでこちらは走っているのに、音の差が広がらない。

恐怖が背中にひしひしと降りかかる

とりあえず走る、つかまらないように

ふとあることに気付いた。これは夢なのではないかと。こんなに走り続けているのに息もきれないし、そもそも状況が意味不明だ。

なら別に捕まっても何の問題もないのではないか?と思いはしたけれど、やはり謎の恐怖心が上回り夢から覚めることを祈って走り続けた。

学校がどういう形をしているのか全部わかっている、わかっているつもりだった。

でもそこには見知らぬ地下への階段があった。

学校に地下なんて小中高どこにも経験がない。

やめとけという声が聞こえた気がする。

そんな遠くに聞こえる声よりも好奇心が勝ってしまい、僕は地下に向かって足を進めた。


階段はとてもとても長いものだった。いったいどれだけ走っただろう。もしかしてこの階段は終わりがないんではなかろうか、と思い始めた矢先に階段は終わった。

そこにはただポツンと緑色の扉がたっているだけの行き止まりだった。コツ、コツ、足音が聞こえる。

確か初めに緑の扉には入るなと言われた気がする。しかしこの状況で引き返すと、追ってきている何かと階段で鉢合わせする可能性が高い。

捕まるか誰かわからない人の言うことを聞くか。コツ、コツ...

悩んでいる時間はない。僕は緑色の扉をあけた。 

その扉の先にあったのはトラウマに残るような恐ろしいものだった。

真っ正面に見えたのはただ、にこにこという言葉がよくわかる、そんな表情で人がポツンと立っていた。ショートカットで背は低め、僕の高校の制服をきた子。

よくみたらその人の首は切られていた。皮1枚繋がっているような体制でこちらをにこにこと見つめていた。もちろん体は血にまみれて、おそらく死んでいるんだろう。不思議なことにたったまま。

そして周りにも何人かの死体と思われるものが落ちていた。切り傷まみれで床にはたくさんの血が流れていた。

こんな光景テレビの中しか見ないだろう。夢とはいえ現実のような生々しいしさに吐き気がする。

コツ、コツ...

でも進むしかない。

そうして扉の一歩向こうに進むと、その悲惨な光景は姿を消していた。あの時死んでいた人たちは立ち上がり生きているように立っていた。

そしてみんなにこにこしている。とりあえず「大丈夫ですか?」声をかけてみたけれどにこにこしているだけで返事がなかった。

これは人なのだろうか?人形なのだろうか?

謎である。

そしてふと後ろを振り返ると自分がやってきた緑の扉が消えていた。

これは逃げ切れたのか?

この扉がなければ謎の追ってもこちらにはこれないはず。ふっと安堵して力が抜け地面にしゃがみこんでしまった。

ゆっくり周りを見渡すと職員室の前。謎の学校じゃなくて、僕が3年間通った高校の職員室だった。変なところは謎の人形、さっき血塗れだった5体の人形が立っていることだけだった。

そして、気付いたら周りは明るくなっていた。扉の前までは夜だったのに扉の向こう側は昼だった。

そして周りが賑やかであることに気付いた。

生徒や先生がいる。それは10年前の光景で見知った先生見知った友達がいた。

でも今の自分は10年後の姿。はやく学校からでないと不審人物として捕まるかもしれない。

とりあえず外に出ようとすると、

「ゆうき-!今日は皆でご飯食べる日だぞ-」

自分の名前を呼ばれた。高校時代同じ部活だった人。

この世界ではこの年齢の僕が高校生としてとらえられているんだろうか?

わからないことはたくさんあるけれどせっかくなので呼ばれることにした。

呼ばれた先にはいくつか机を繋げて、周りを囲って皆でお昼ごはんを食べる用意がされていた。

僕は空いている席にとりあえず座り皆の様子を観察することにした。

お昼ごはんを食べるということで皆はそれぞれお弁当を出し食べよう、としていた。

よくよく考えてみると僕はお弁当もってないのでは?昨日の夜寝たままの状態である。なにももっていない。

そしてその困ってる様子を一番陽キャのこうすけがいち早く気付き

「えー、お前弁当ないの~何しにきたん」

あぁそうだった僕はこのコミュニティが嫌いだった。来なかったら来なかったで空気読めない扱いされただろうけど、来ない方が正解だったかもしれない。

そんなとき

「許せない?」

最初に逃げろって言ってくれた声と同じ声が聞こえた。僕ははっきり心の中で許せないと答えた。

そしたら周りからふっと人が消え1人で机に向かって椅子に座っている状態になった。

そして何かが壊れた気がする。

なんだろう。よくわからなかったがとりあえず校舎を散策することにした。


たまたま職員室の前を通った。そこにいた5体の人形のうちの左端が血塗れで倒れていた。

さっきの許せないという回答となにか関係があるのだろうか。しかしこの世界のことは自分にはわからない。せっかくの懐かしい場所なので色んなところに行ってみようと思った。

たまたま職員室から国語の先生が出てきた。

別に挨拶も何もしなかった。僕はこの先生が嫌いだ。昔学生時代当時ちょっとつらい気持ちを抱えていて、作文の課題が出たときにありありとその気持ちを書いた。助けを求めるかのように。そして国語の先生からの採点は、こんなのは作文じゃない、もっとこういう流れにそって書かなければならない。そんな変な文章に点数はあげられない。そんな回答だった気がする。

国語の先生といえば人の感情に機敏だと思っていたのに完全に無視された。

これは逆恨みでしかない。でもあの時感じた怒りは今でも思い出せる。

「許せない?」

そんな声が聞こえた。許せないのは自分が未熟だからだ。それは分かっていながら許せない。そう答えてしまった。そしてその場にあった左端の人形が全身から血をだし、ばらばらと倒れる。

これはこのまま進むと扉の前でみた光景と同じになるのではなかろうか。

それがどんな意味をもつかわからなかった。だけど、この世界から出る方法もわからない。

何もすることもないので探索を続けることにした。今度は保健室に向かった。

保健室の先生には学生時代大変お世話になった。とても優しくて苦しいっていっても優しく慰めてくれた。僕のことを大切にしてもらったと思っていた。とても居心地がよくて結構入り浸っていたのを覚えている。

ただ、一年後真実をしることになる。

部活の後輩を見に卒業後学校を訪れた。そしてお世話になった保健室に挨拶にいくと、まるで別人のようだった。卒業生が何の用があるの?

もう私達とは関係ないから来ないで

そんなようなことを言われた気がする。

世の中にはビジネス優しいというものがあることをはじめて理解した時だ。自分は大切でも何でもなくただの仕事だったのだと悲しい気持ちになったのを覚えている。

「許せない?」

これも逆恨みだ。偽りの優しさでも優しくてもらった。それによって救われることもあった。

そんな感謝も忘れて許せないと思うのはお門違いだ。だけど、私は許せないと回答した。

きっとまた人形は崩れただろう。

でもそんなことはどうでもいいんじゃないかと思っていた。

さあ、次は教室に行ってみよう。

教室に向かって足を進めた。

教室には懐かしい同級生が何人かいて、休み時間なのか楽しく過ごしているようだった。

そこで当時一番仲が良かった友達の声が聞こえてきた。

「あいつの近くにいたら空気が汚れるよね」

「俺は息止めてたわー」

これだけ聞いたら誰のことかわからない。でも僕はしっていた。かつてこの言葉は僕に向けられていたこと。一番仲のいいと思っていた友達に裏切られたこと。

「許せない?」

これは本当に許せないと思っていた。僕は何もしていないはずなのに何が気に入らないんだろう。わからなくてつらくて人間が怖くなったように思う。

これで4つの人形が壊れたことだろう。

コツ、コツ。

しばらく忘れていた足音が聞こえてきた。

そうだこれから逃げなくちゃ。とりあえず走る。この夢はどうやったら終わるんだろう?捕まった方がいいのではないかと思うくらいだ。

でも逃げろと本能が叫んでる。それに従うように校舎のなかを走り回った。

そして職員室の前を通った。やっぱり4体の人形が血にまみれて倒れていた。

ただひとつ違うのは、真ん中の人形がいなくなっていたこと。どこに行ったんだろうか。でも今はそんなことを考えている余裕はない。

走らないと、と思った瞬間。後ろを振り返るのぬっと真ん中のお人形がすぐ近くにいた。

「捕まえた」

そのお人形は相変わらずにこにこしていた。

でもその手には刃物が握られていた。

とても切れ味がよさそうだ。最初にみた真ん中のお人形みたいに首をギリギリ残して切ることもできるだろう。

そしてお人形は僕に問いかけた。

「許せないものは壊せたかい?」

僕はうなずいた。

「でも一番許せないものは壊せてないね。」

僕はその時理解できなかった。僕が一番許せないものってなんだろう。

「壊してあげるね」

そういってお人形だったものは刃物を振り僕の首をギリギリ残すように、でも確実に殺せるように切った。

血が吹き出してくる。僕はここで死ぬのか。そして気付いた。僕が一番許せないものは自分だったと。きっと僕が緑の扉の前にみた、血塗れの景色と同じに景色になっているだろう。

死ぬというのに清々しい気持ちだ。周りの景色が白くなる。そうして僕は意識を失っていった。

夢の中で死ねば目を覚ますことができる。そのはずなのに僕は現実に戻らなかった。

5体の人形の真ん中でにこにこしていた。

この空間は以外と心地良い。嫌なことが何にもなくなって、淡く遠くに感じる幸せに酔いしれることができる。

そして誰かを待つ。許せない感情を抱える人を。










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夢との狭間 弓野愛花 @aelmi

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