希望のメロディー

平 遊

〜聴こえなくても〜

 お兄ちゃんがうちを出ていってから、6年が経った。あの時私は高校2年の17才で、今はもう23才。お兄ちゃんは2つ上だから、お誕生日が来たら今年で25才だ。

 昔から、お兄ちゃんは勉強もできたうえに運動神経も良くて、おまけに絶対音感もあってサックスも上手くて、私の自慢だった。両親も、お兄ちゃんにはものすごく期待していたみたい、色々と。

 お兄ちゃんも、そんな両親の期待に応えようとしていたんだと思う。

 だけど。

 大学2年の夏、お兄ちゃんは両親と大喧嘩をして、うちを出て行ってしまった。せっかく入った大学も退学して。


「俺はやっぱり夢を諦めたくない。だから死ぬ気で頑張る。25までに必ず夢を叶えてやる。だから、応援しててくれよな。それからお前も、やりたい事を見つけたら、それに向かって頑張れ。お前の人生なんだから、周りに遠慮することなんか無いんだぞ」


 家を出る前、お兄ちゃんはコッソリ私の部屋に来てそう言った。

 お兄ちゃんはいつでも穏やかで優しかったけど、あんなに生き生きとして情熱的な顔は、初めて見た気がした。

 お兄ちゃんは、両親にも行き先は告げなかった。せめて私にだけは教えて欲しいとお願いしたけど、私にも教えてくれなかった。


「お前の負担にはなりたくない」


 と言って。

 きっと、お兄ちゃんの行き先を両親に聞かれた時に、私に嘘をつかせたくなかったんだと思う。お兄ちゃん、優しいから。

 持っていたスマホも解約してしまったのか、連絡が取れなくなってしまった。お兄ちゃんはもともとスマホやゲームだけは何故か苦手で、電話とメールとメッセージのやり取りしかしていなかったけど、それでも連絡が一切取れないのは心配だったし、寂しくもあった。


 でも、私はずっと応援していたんだ。

 お兄ちゃんが夢を叶えますようにって。

 信じていたんだ。

 お兄ちゃんなら、絶対に夢を叶えるはずだって。


 今年社会人になって、私も家を出た。

 私はお兄ちゃんみたいに情熱を傾けられることが見つけられなくて、両親の希望通りというか、周りと同じようにというか、就職活動を経てある会社に就職をした。新社会人は覚えることが山ほどあって、毎日クタクタだ。

 そんなある日、スマホに知らないアドレスからメールが入った。


「あれ?  これって……」


 迷惑メールや広告メールも多いから、大抵は読まずに削除してしまうのだけど、そのメールは件名が気になった。


【もうすぐだ】


 本文を読んでみると、やはりお兄ちゃんからだった。


『プロデビューが決まったぞ! お前に真っ先に伝えたくて』


 メールにはファイルが添付されていた。動画ファイルだ。

 お兄ちゃんは、両親の大反対を押し切って、音楽の道に―大好きなサックスの道に進んだのだ。

 動画の中では、少し瘠せて、そして少し大人っぽくなったお兄ちゃんが、心の底から楽しそうにサックスを吹いていた。お兄ちゃんは、キラキラと輝いて見えた。


「おめでとう、お兄ちゃん」


 嬉しくて涙が出てきた。

 でも、さすがはお兄ちゃん。

 どんなにボリュームをあげても、音が全然聴こえない。失敗しちゃったんだね。きっと、この動画もさんざん苦労して録画したんだろうなと、なんだか可笑しくなってくる。


 聴こえないメロディー。

 それでも、十分に伝わってくる。

 お兄ちゃんの喜びが。

 まるで、心の中に流れ込んで、体中に響き渡るように。


 頑張ったね、お兄ちゃん。

 有言実行! 25才までに、ちゃんと夢叶えるなんて!

 やっぱり、お兄ちゃんは私の自慢の、最高のお兄ちゃんだよ!


 いつの間にか、疲れも吹き飛んでいた。


 どんなメロディーなんだろう。きっと楽しくてワクワクしちゃうような、希望に満ちた素敵なメロディーなんだろうな。


 音の聴こえない動画を、繰り返し何度も観る。何回観てもお兄ちゃんが幸せそうで、私まで幸せな気持ちになってくる。


 ねぇ、お兄ちゃん。

 私も見つけたくなっちゃったよ、夢。

 仕事も頑張りながら、探してみようかな。今からだって、遅くないよね。

 でもその前に。

 次はちゃんと、お兄ちゃんの奏でるメロディー、聴かせてもらわなくちゃ。

 ね? お兄ちゃん!

 

【終】

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希望のメロディー 平 遊 @taira_yuu

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